第十九章 紅蓮の瞳は灼熱を思い出し、逆巻く大火は命を穿つ

第93話 600対3

 第十九章 紅蓮の瞳は灼熱を思い出し、逆巻く大炎は命を穿つ


 その後奇襲を受けた私達三人は、炎を抜けた先の大広間の中心で、背中を付き合わせた形で戦闘態勢を取っていた。周囲は炎に囲まれ熱気が押し寄せ、数え切れない程の都の騎士が銀の剣を鈍く光らせて私達を睨んでいる。


「鴉紋さんの転移先は分からないのですか!?」

「分かるわけないよ!」

「クソがぁあ!! こうなったらコイツらに聞くしかねぇだろ! ついでにマッシュも探す!」


 私達の周囲に散乱するロチアート達のパーツが、まだ蠢いている。先程まで騎士達が蹴ったくったり、剣で刺したりしていた暴行の跡が見られる。転がった生首や口元は未だ痛みに絶叫し、各所から金切り声の様な悲鳴が上がる。ヨフエの剣で切られているが、彼女本人はこの場には既に居ない様だ。

 そこは私達にとって、まるで地獄の様でもあった。


「やっど会えだなぁ~シクス。げっひひひ。おまえの相手はワタジだ」


 ベダフォードが瞳孔の開いたような黒目を見開きながら、右肩に棍棒を担ぎ、ロチアートの生きた大腿を引っ付かんで噛り付いている。そうして騎士を引き連れて踏み出してくる。返り血に染め上がった巨大な腹を揺らしながら。


「デブと何か縁でもあんのかよ俺は……っ!」

「んなぁーー!!! まだ言っだな! ワタジをデブだと!!」


 ぷるぷると震えるベダの後方で騎士達が笑う。


「ぷふぅーーっ!! デブ、ベダちゃんデブ!!」

「確かにデブ、いつも何か喰ってる」

「ヨフエちゃんのくれたプリンも、俺達に一口もくれずに全部食った!」

「うっせぇえデメェら! 腹が減って腹が減って仕方ねぇんだよぉお、どんだけ喰っても満たざれねぇんだ!!」


 シクスが眼帯をほどき、オッドアイを露にする。そして黒いダガーの刀身で左の茶色の瞳を隠し、ロチアートの瞳でベダを射抜く。


「『幻』!! 退いてろ、俺はマッシュを捜すんだ!」


 たちまちに地から這い出してきた、おぞましい紫色の化物達。骸で出来た戦車が凄まじい臭気を放ちながら、私達の周囲を駆けて騎士を威嚇する。

 しかし狼狽したのは騎士では無く、フロンスの方であった。


「500……いや、600近く、全戦力をぶつけてきたのか……こんな数、どうすれば」

「怯むなオッサン! 俺と嬢ちゃんが混乱を引き起こして死体を作る! そしたら戦力は覆せるだろう!」

「そうだよフロンス!」


 シクスの作り上げた、身も凍る程の醜い異形達が、牙を剥いてベダ達に襲い掛かる。

 

「ぎゃあはあはははは!! 気持ちわりいい!! ぎゃはは!!」

「クセェ! 肉の腐った臭いだじょ」

「おもじれぇえええ!! ィイヒヒヒヒ、どうなっでんだ、なんだこいつら!!」


 しかしベダの率いる騎士達は、物怖じする事もなく……否、そういった感情がまるで抜け落ちでもしているかの様に、微塵も後退る事をせず、ケタケタ笑いながら異形達を切り伏せる。


「ちくしょうなんだこいつら!!」


 魔力を使って追加の異形を作り上げるシクス。すると前方のベダ達に集中する彼の頬を矢じりが掠めていって、血の一筋を作った。咄嗟にそちらを見ると、私の背を射抜いた歯の抜けた小人男がボーガンを向けてニタニタしている。


「おら、おら達も居るど……あひ。また撃ち抜くどぉ」

「お前……!」

「あんな雑魚に構ってられない! 私がやる!」


 私の掌から放った炎を小人男はクルリと回って、身に纏うマントにくるんでかき消してしまった。おそらく魔力を途切れさせる特殊な繊維で出来ている。しかし、マントの裾が燃えている。


「あひひひ、……あれ、あぢ、あっぢぢぢ!!」


 小人男は燃えるマントの裾を踏みつけて火を消した。そして動揺した瞳を落ち着かせ、胸を撫で下ろしながら私にボーガンを向ける。


「おらが雑魚ぉ? おらは第8隊隊長ベポだどぉ、雑魚じゃないど」


 小人男、ベポの後方で数十の光が煌めいた。すると一瞬早く察したフロンスが私達の前に出て防御魔法を展開した。


「下がってください!」


 次の瞬間、無数の矢じりがフロンスの防御魔法に衝突した。ただの矢じりでは無い凄まじい衝撃がフロンスの防御魔法を削り取っていく。


「くっ……魔力が練り込んであります!」


 フロンスの防御魔法が破られるより先に、骸の戦車がベポ達の方に突っ込んでいき、敵の攻撃を中断させ、陣形を散開させた。


「助かりましたシクスさん」

「気ぃ緩めるなオッサン!!」

「ぎゃあひぃいい!! シクスはワタジが殺ずんだ! 邪魔ずんなチビ!!」


 ベダがその巨体に似つかわしくない軽快な足取りで、私達の頭上に舞い上がり、巨大な棍棒を振り下ろした。


「避けてみんな!!」


 私の声の間も無く、ベダの怪力が背を付き合わせていた私達の地を叩き割り、土を巻き上げた。


「ちっ外したがぁ」

「なぁおい、ベダちゃん今おらの事、チビって言ってなかったかぁ? だったら許せねぇ、ぜってぇ許せねぇどぉ」

「チビにチビっつって何が悪いんだぁベポぉ!!」

「あひぃいい、ごめんなざぁいぃい!!」


 飛び退いた私達はベダの一撃を避けたが、分断されてしまった。そして最悪な事に棍棒を握って目を血走らせたベダが、私の目の前に立ち尽くしている。土煙が晴れると彼女も私の存在に気が付き、よだれを垂らして微笑んみながら、棍棒を振り上げた。


「おい百貫デブ女ぁ! てめぇの相手は俺じゃねぇのかよ!」

「んなぁーー!!? だぁれぇが……誰が百貫デブだぁああ! シクスぅうう!!!」


 額に血管を浮き立たせる位に激昂したベダは。私に棍棒を振り下ろすのを止めて、顔を真っ赤にして吠えながら、走り出したシクスの方へと駆けていってしまった。


「なぁ百貫ってなんだ?」

「知らねぇよ」

「わかんねぇけど多分ベダちゃんの事だ」

「ベダちゃんは百貫なんだ、百貫デブなんだ」

「ぎゃはははは!!」


 その後に彼女の部下達が楽しそうにして付き従っていく。


「デメェシクス!! 人の外見を笑っちゃいけねぇって習わながったのがぁ!! 最低だぞ!! ぜっでぇ許さねぇ!!」

「生憎俺様は教育というものを受けたことがねぇんだよぉ! ヒィハハハハッッ!!」

「あと百貫っでどういう意味だぁ!!?」


 ベダの隊に続いて、ベポ達もシクスの方へ走り出していった。

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