第92話 群がる生命
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「オラああぁッ!!」
「ふん、野蛮人風情が!」
クルーリーは、鴉紋の振り抜いた拳を後ろに飛んで避けてから、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
クルーリーと距離が出来、鴉紋は周囲を見渡す。するとそこは、セイルの幽閉されていた地下牢だと気付く。底の抜けた十メートル程の高い天井から光が射し込んでいるが、周囲は以前と同じ闇に包まれていた。
「お疲れ様。流石第4隊隊長クルーリー・ウィットニーだよ」
光の射す天井からクラエが顔を出した。そして拍手と共にクルーリーの労をねぎらう。
「はいクラエ様。全てあなたの仰った通りに、滞りなく進行しています」
「うん。じゃあ早速だけど持ち場に戻って。君の隊の相手はフロンスさんだからね。相手は適材適所で選別してあるんだ。ヨフエの隊とも仲良くするんだよ」
「はい、それでは」
「行かせるか!!」
足元に桃色の魔方陣を起こすクルーリーに向かって、鴉紋は拳を振り上げて飛び上がった。
「かっ……ああ!!」
しかし飛び上がった鴉紋は、闇の奥の背後から、巨大な何かによる衝撃を受けて吹き飛び、天井まで続く太い鉄柵に背を打ち付けていた。
クルーリーは魔方陣の中に消える。鴉紋は衝撃を受けた闇に向けて目を凝らすが、何も捉えられず、高い天井から自分を見下ろしている少年に向かって激怒する。
「どういうつもりだガキ!!」
「どうもこうも、僕達の隊を君と対峙させては甚大な被害が出るから分断したんだよ。ねぇヨフエ?」
するとひょっこりと同じ顔の少女がクラエの隣に現れて、鴉紋を見下ろしながら、顔をしかめた。
「うっわぁあ怖い! あれが終夜鴉紋ね! 本当に手が黒いよクラエ!」
「セイル達をどうするつもりだ!!」
「僕とヨフエの隊、総勢約600名で相手をするよ。適した人材が適した相手とね」
「600……だと!」
「ちなみに君の相手は僕とヨフエでしようと思っていたんだけれど……適した人材が居るから、先ずはそっちを相手にしてくれるかな? その後で僕達が相手になるよ。それで終われば僕らはそれでいいし」
双子が何処か楽しげな様子でそこまで語ると、鴉紋の正面の闇が蠢いた。天井まで十メートルはある、正面の巨大な闇が蠢いた事で、鴉紋はそこに再び目を凝らす。
ヨフエが目を糸のようにしながら微笑み、溌剌な口調で口を開きながら、左手の短剣を振り上げた。
「私の作品! テーマは『躍動する生命』だよ!」
すると闇から巨大な存在が踏み出してきてその正体を露にした。その巨人の全身は、全てロチアートの体の部位を付け合わされて形成されている。数百、数千人から束ねたであろうそれぞれの部位が独自に動き、上半身では、埋め込まれた無数のロチアート達の頭が呻いている。皆正気を持ち合わせていないかの様な虚ろな視線をさ迷わせながら、様々な分泌物の混ざった凄まじい臭気が鼻に粘り着く。
「この姿を見てもお前は言うのか? ロチアートも同じ人間だと……」
一人饒舌に語り始めた者。その巨人の頭部には、長髪の巻き毛の男が、赤いロチアートの瞳を闇に光らせながら、鴉紋を獣の様に睨んでいた。そして、口元からピンクの煙を吐き、周囲を満たし始める。それは嗅いだ者を酩酊させるゼルの幻惑魔法であった。
鴉紋は小鼻をピクつかせながら、その巨大な存在に相対して、拳を握り締め、しかし愕然とする様な苦悶の表情を見せている。
「ゼル……」
ただ視線を交わすだけの彼等に痺れを切らし、ヨフエが頬を膨らませながら大きな声を出す。
「もー! 早く闘いなさいよ!
唯一残された
「「「フゥゥおおおおおおオオおおおおッッッ!!!!!! いひいヒィッイイイイイ!!!!!!」」」
耳を覆いたくなる共鳴で、地下牢全体がビリビリと震える。楽しそうなヨフエとは対照的に、クラエは耳に手を当てて泣き出しそうな表情でヨフエの横顔に視線を投げている。
ゼルの巨体が鴉紋に向けて歩み始めた。その全身にロチアートによる殺意を宿して。そしてゼルは絶叫する。
「ロチアートを利用してきたお前は、ロチアートによって殺されるがいい!!」
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