第73話 反逆の徒。金色の悪


 ダルフとルイリの間で凄絶なつばぜり合いが起こる。ルイリがダルフのクレイモアを両腕で受けるが、その剣撃を受けた箇所は裂けて、再生を余儀無くされる。


「くっ……」


 重過ぎるクレイモアの一撃、一撃に、ルイリが思わず苦痛を漏らす。先程までなんなくその鋼鉄の百合で弾いていたダルフの剣が、迷いを解き放ち、その剣速を格段に上げている。


「咲けっ!!」


 空中に咲いた百合は、ダルフのクレイモアの一撃で粉々に砕けて散った。そしてそのまま雷の翼で空を駆ける。


「咲け! 咲け! 咲け!」


 ダルフの翼は二枚になった事により、空中で急激に角度を変え、出力も増していた。閃光が空を駆け、ジグザグと稲光の様に、光の道筋を残す。


「ルイリ!!」


 無数の百合を掻い潜り、ダルフがルイリの頭上からクレイモアを振り下ろした。


「ぐっうあハ!」


 天に向けられた二枚の雷に押されながら、今尚威力を増していくクレイモア。それを巨腕で受けながらに、巨体が膝を着く。


「がああっ! 『大輪』っ!」


 突如として花開き始めた巨大な百合。ダルフは剣を引き、翼に乗ってルイリの頭上から離れて回避する。


「守るものも選べねぇ甘ちゃん坊主がッ!」

「守るものは決めた。徹頭徹尾その一点に俺の正義を賭ける!」

「正義だとぉ……!?」


 やや距離の出来た両者。ルイリはその百合のベールによる防護でダメージこそ負っていなかったが、息を荒げて瞳を剥いている。


「おいリットー! 起きてんならさっさと言わねぇかっ!」


 乱れた視線が、こちらを凝視しているリットーや、他の騎士に気付き、声を荒げた。

 反射的に飛び起きるリットー。


「人を喰った悪魔の徒が散らかってるじゃねぇか、指揮をとってさっさと殺してこい!」

「……ぅ……」


 リットーは即座に返答を返さず、俯きながら、拳を握り込んだ。その全身は、彼女に刻まれ続けた恐怖で震えている。


「なんなんだてめぇ! さっさとぶち殺してこい、悪魔共を!!」


 それでもリットーはその場を動こうとしなかった。足元に落ちたランスを拾う素振りも無い。そして、モゴモゴと三日月型の髭が動き始めた。


「あぁー!!? テメェ何やってる! さっさと行かねぇか!」

「…………ぃやだ」

「な!?」


 揺れる三日月の髭が、項垂れていた頭を挙げて、決死の思いで懇願した。自らの率いる全ての騎士の思いを汲んで、遂にその言葉を露にしたのだ。


「もう……嫌だ!」

「ッッハァ!?」


 驚いたダルフが瞳を上げて彼を、騎士達を眺めた。


「聞き間違いか? リットー……」

「もう十分だ! あんたに言われ、数千人の民を殺したあの日から、俺達の心はもうズタボロなんだ!」

「…………っ!」

「こんな大虐殺はしたくはない! 民を、自分と同じ人間を、これ以上殺す事など、もうしたくはないッ! 悪魔と言うならッ俺達こそが悪魔なんじゃないのかッ!?」

「……てん………………めぇ」


 ルイリが瞳を見開いてリットーを見下ろす。そこには恐怖を刻みながらも真っ直ぐに彼女を見上げる視線があった。

 破裂しそうな激憤の表情のルイリが、余りの怒りに口を開いたり閉じたりしていると、静かに、ダルフの声が耳に届いた。


「人を喰った民を悪魔と呼び、その行為に関わった者全てを皆殺しにする。その徹底した拒絶は、まるで、知ってはいけない何かを知られてしまったかの様だな、ルイリ」


 ゆるゆると振り返ったルイリ。蠢く白百合の巨体が再生していく。


「何が言いてぇ……」

「それは、人とロチアートが――――」

「やめろ……」

「同じ味で、同じ種族で――――」

「その続きを言うなッッ!」

だからか?」

「――――ッッッッテ……ッッん!! メェエエエエッ!!!」


 この世の絶対的禁忌に触れるダルフの一言に、ルイリは気を動転させ、狂ったように吠える。そしてダルフは、何を思ってか、静まり返った表情をして、そのクレイモアを両手に構え、切っ先を前方に向けた。

 激しい迅雷が2つ、ダルフの背で爆発した。その果てもないエネルギーが、彼の体をただ真っ直ぐに推し進める。


「『繚乱』! ――――連なれ!!」


 真っ直ぐに突っ込んでくるダルフの目前に、何十列もの白百合が現れてその進行を妨げようとする。


「アアアアアアアアアッッ!!!!」


 咆哮するダルフの進撃は止まらない。瞬く間に前方の白百合を、クレイモアで突き刺しながら破壊していく。

 破壊された百合を補充し続けて、ルイリが牙を剥く。先程正義を名乗った悪党に。


「正義を語ってその剣を振るうんじゃねぇ! てめぇはもう、この世界の悪だ! 騎士ですらもねぇんだから!」


 百合を破壊しながらに、ダルフは獣の視線を彼女に差し向ける。


「このつるぎは正義の為の剣じゃないッ!」

「ぐっっ! 『大輪』!」


 中空に咲いた巨大な大輪が、ダルフの剣を止めた。


「このまま押し潰してやる!」

「この剣は! 民の為のつるぎだッッ!!」


 ダルフの眼窩が目映い光を放ち始めた。それは体内から起こる、彼の途方もない電撃の為だ。その電撃が、一挙にクレイモアに流し込まれていって、鉛色の刀身が、燦然と白く発光し始める。


「あり得ねぇ……あり得ねぇ事が起きてやがるッッ!」


 激しい音を立て、雷刀となったダルフのクレイモアが、その大輪を打ち砕いた。そして光に乗って、そのままルイリの百合の巨体にそのクレイモアを突き立てる。


「グぅアアッッ!!」


 余りの衝撃にその巨体が仰向けに倒れ込む。その胴体の百合の薮の上に立って、ダルフは剣先を地に向けて、大股を開いて二枚の雷光を天に這わせ、バリバリとエネルギーを打ち出しながら、その足元に突き立てたクレイモアを押し進めていく。


「ッックソが!! 届かねぇンダヨォ!!」


 確かにダルフの剣はその深い胴体にめり込んではいたが、ルイリには届いていない。その太く、長いクレイモアの刀身を根本まで差し込んでも届かない程に、その百合の胴体は厚い。加えてルイリは破壊された部分を必死になって再生し続けている。

 ダルフが牙を向き、二の腕が力みに合わせて激しく盛り上がる。そして彼は、自らを推し進める二枚の翼を、前方のクレイモアが突き立つルイリの胴体へと差し向けた。


「ギィハ! たわけが! 忘れたか!? 私の百合は魔力を受け流す!」


 ダルフはクレイモアによる出来上がった亀裂に、その二枚の翼を差し込んだのだ。百合を伝って雷撃が散らされていく。


「内側から流し込めば喰らうと思ったか!? 甘いんだよ馬鹿野郎がッッ!」


 しかしダルフの狙いはそうでは無かった。


「なアアアア!! 何故だ! 何故その翼は消えやがらねぇ!? 剣もダッたしかに魔力を流しているノニッ!!」


 ダルフがルイリの胴体に突き刺した二枚の翼は、その亀裂を、左右に向けて無理矢理に押し広げていたのだ。


「そんんっの! 膨大な魔力は何処から来やがるっ!! 流しても流してモッ! 原型を留めて亀裂を広げてッッ!!」


 ダルフは百合に流される魔力を越えて、その翼にエネルギーを送り込んでいる。そうして受け流されても形を残す雷撃の翼が、ひしゃげる様な音を立てて百合の切れ間を広げているのだ。

 ダルフの二の腕が更に膨張して力が込められる。歯を食い縛る。獰猛な視線が藪から覗く紫の虹彩を射貫き、震え上がらせる。


「あぁ!! アアアア!!! 咲け! 咲け! 咲け! 咲け咲け咲け咲け咲け咲け咲け!!!」


 遂にその瞳を震わせ始めたルイリが、遮二無二ダルフに向けて百合を放つ。それは彼の体内で幾つも芽吹き、腕や腹から花弁が突き出る。


「クソがぁぁあ!! 悪魔も! てめぇも殺さなくちゃあ!! 安寧の礎が崩れちまうだろうがぁぁあ!! 何で死なねぇンダヨォ!!」


 それでもダルフの力は一向に弱まらず、更に亀裂が翼によって無理矢理に広げられていく。そして彼女に向けて口を開く。


「俺から一つ教えてやる」

「咲けッッ!」


 ダルフの左の瞳から花弁が突き出した。更にその両方の巨腕の拳が彼を滅多打ちにする。

 しかし、それでも彼は止まらなかった。ボコボコに腫れ上がり、体から百合を咲かせながらに、熱き思いを乗せた言葉が彼女を射貫く。


「安寧は既に終わりを告げている! 鴉紋の存在によって!!」


 亀裂を広げて、ダルフのクレイモアが、仰向けになった百合の巨体に深く沈んでいく。


「ルイリ! 死んだ民を生き返らせろ!」

「バカカアァァアッッテメェェ!! 悪魔の遺伝子は滅殺するに決まってんだろォオオオガァ」

「やはり君を説得するのは無理なのか」

「殺す勇気がねぇんだろぉおが!! 私を殺してどうするつもりだぁ!? この世の安寧は誰が保つってんだるゥアアァァ!!!? テメェェの様な悪にその覚悟があるって言うのかぁあ!! あるんなら殺ってみやがれぇええ!! 」


 ダルフがクレイモアに渾身の力を込めた。


「暗黒は俺が照らす! 例えこの世界から悪逆と呼ばれようと!」

「…………ッッッッ」


 ――――ダルフのクレイモアが一層深く沈んだ。

 目を剥いたルイリの、百合の巨体が脆く崩れていく。


悪夢ナイトメアは俺が終わらせる」

「………………っ…………クソが」


 後に残ったのは、暴君の死体と、体中から白百合を咲かせた金色の悪だった。

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