第71話 新芽
「ようやく死んだか偽善者め」
動かなくなったダルフをつまらなそうに見下ろすルイリが鼻を鳴らす。そうして巨大な足で踏みつけながら、彼の顔から伸びる無数の白百合を消した。
「あとは悪魔の徒を殺し尽くすだけだ。これで平和の礎は守られる」
ルイリがゆったりと民の密集する方角へと歩みを進めていく。するとそこに、民を背に、たった二人で騎士達と奮闘する男の姿が飛び込んできた。
「ちっ……凡俗程度に何を苦戦しているのだ!」
「あっ……やべぇなグレオ。頭領が来ちまった、俺達も終わりか?」
「ダルフさんが、敗れたのか……?」
軽口を叩いてはいたが、バギットの額のバンダナは血に濡れて、頭部からの出血が止まっていない。顔面も蒼白になっている。グレオはルイリの巨腕に殴られて肋骨を痛めているのか、脇腹を抑えて苦悶の表情をしている。
「こんなに痛め付けてもまだ殺せんのか……退け、私がやる! ――――咲け!」
ルイリの百合がバギットとグレオの間に出現し、瞬く間に鋼鉄の花を開いた。
「跳ぶんだバギットさん!」
「どぉぅわっ!!」
バギットとグレオをまとめて絡めとろうとしたルイリの百合を、二人は咄嗟に飛んで避けている。
「ちっ! 雑兵の割に勘は鋭いらしい……ではまずは風魔法のガキを潰す。咲け」
「こんなものが当たるか!」
グレオは転がってその場を離れる。
「『繚乱』――――囲い」
「な……っ!」
飛び退いたグレオの四方を囲む様に二メートル程の白百合が現れた。グレオはそこから出る事が出来ず、白百合に剣を繰り出したが弾かれる。
「空でも飛んで逃れたらどうだ、あの金色のぼんくら騎士の様に……くく」
「くそ!」
ルイリがその囲いの中心に百合を咲かせようと、指先を天に向ける。
「グレオぉぉおおお!」
バギットがグレオを囲む白百合に向けて大槌を振り上げ、振り下ろした。
「おおおぉらあああああッッ!!」
「なんだと!?」
白百合の囲いが、バギットの大槌の一撃で粉々に砕け散った。その有り様にルイリが目を見張っている。
「助かったよバギットさん!」
「てめぇの大槌では私の白百合は壊せなかった筈だろうが」
ルイリは民達を囲んだ百合に、バギットの大槌が弾き返されたのを確かに見ていたのだ。
「成長しているのか……? 戦いの最中で」
「んなんじゃねぇよ!! 筋肉が温まって来ただけだい!」
ルイリは忌々しく舌打ちをして、その巨体で悠々と彼等に歩み寄ってきた。
「バギットさん、あのルイリ・ルーベスタの巨体も大槌で砕けますか?」
「さっきの小せぇ花を押し潰すのが精一杯だっての」
「でも……」
「……ああ! わかってるよ!」
「やるしかない!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞクソが!」
グレオが先程発現した風の魔力を起こす。しかし扱い方がイマイチわからない様で、風は暴走して彼の周囲を取り巻き始めた。
「なぁグレオ、その風よ。思いっきり押し出す事は出来るか?」
「上手くコントロールする事は出来ないですけど、力一杯真っ直ぐになら多分」
「なら乗せてくれ、お前の風に!」
「ぇっ…………」
魔力も上手く扱えないグレオにされた無謀な提案。やった事もないその賭けに失敗すれば、瞬く間にバギットはルイリに殺されるだろう。……しかし。
「……ぁあもう、わかりましたよ! どうせやるしか無いんでしょ!」
「おうよ!」
グレオがバギットの後方に立ち、バギットはその大槌を頭上に構える。ルイリが巨体を蠢かし、もう目前に迫っている。
「知りませんからね!」
「どうしたグレオ、ビビってんのか!」
「そんな事は!」
「だったらやれよ、思いっきりだ!」
「……っ」
「なるんだろ! 正義の騎士に! あいつ倒さなきゃ始まんねぇだろが!」
怒濤の風巻がグレオの足元から起こる。そしてグレオはその掌をバギットの背に向けた。
「そんな事……言われ!! なく!! てもッッ!!」
強烈な疾風がバギットを乗せて真っ直ぐ飛んでいった。その風に乗って大槌を振り上げたバギット。思わぬ攻撃にルイリが一瞬怯みを見せた。
「な……っ!」
「どぉおおおおおラァアアアアアッッ!!!」
余りの速度と奇策にルイリは防ぐことが出来ずに、バギットの大槌が百合の薮になった胴体に炸裂した。
「ぐおっ!!」
「かぁぁあっつてぇええええええッッ!!」
バギットの大槌はルイリの百合を砕く事は出来なかった。しかしその衝撃に、巨体の胴体の部分が大きく陥没した。
「生意気な! そんな攻撃では私まで届かん!」
「ウワッアッと、とと!!」
ルイリの腕に掴み掛かられそうになったバギットが、何とかそれを避けた。
グレオもそこに駆けていった。民は逃げ惑い、騎士はそれを追い掛けもせずに、暴君に歯向かう彼等を黙って見ていた。
少し離れた場所で、気絶していたリットーが、バギットが大槌を叩き付けた音で意識を取り戻しかけ、その虚ろな眼を挙げた。
「……民が、戦っている…………生きる為に」
ダルフに手心を加えられて倒れていた騎士も、頭を起こし始める。雪の付いた三日月の髭を震わしながら、リットーは誰にともなく、言葉を漏らす。
「……やめるんだ。楯突けば、極限のなぶり殺しが繰り返される。……見ていた筈だ……暴力の果てに、生も死もわからなくなり、心まで捻曲げられた、この私を……!」
リットーの不安は的中し、瞬く間にグレオとバギットは劣勢を強いられる。それでも彼等は立ち上がり、前を見据えて剣を握る。
「……もういい。彼女に敵うわけがない……彼女は世界そのものなんだ。そうだろう? 勇敢な戦士よ。もう剣を下ろし、少しでも彼女の激情を宥めるんだ。そうすれば、一度、君達がなぶり殺される回数が減るかもしれない……」
満身創痍のバギットが大槌を両手に、ハンマー投げの様に一回転してそれを繰り出した。その大槌の面にグレオが両足を揃えて乗り、ルイリに向かって打ち出された。それは彼等の咄嗟のコンビネーションだった。砲弾の様に強烈な一閃が百合の蠢く巨体を捉える。衝撃に積雪が高く舞い上がる。
「ちょこまか動くな鬱陶しい」
彼等の渾身の一撃では、ルイリに毛程のダメージも与えていなかった。巨腕が眼下のグレオに向けて振り上げられる。
「グレオ……っ!」
バギットは友の元へ駆けようとするが、腹部からの失血に貧血となって、目眩を起こして倒れ伏した。
血だらけのグレオは、もう動く事が出来なかった。その場で片膝を着いて、間も無く自分に振り下ろされる腕を憎々しく見上げる事しか出来ない様子だ。
「くそぉ……!! くそぉお!!」
「世界に剣を向けた大罪を思い知らせてやる。てめぇらがどれ程愚かな決断をしたかをだ」
民が、騎士が狼狽してその光景を見ていた。リットーが哀しみを込めて最後に言い放つ。
「あぁ、やっぱり駄目だ。その濁流に、我等は呑まれるしか無いのだ」
うつ伏せのまま、絶望を張り付けた騎士は、彼等が破れ去る予感に深く肩を落とした。
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