第22話 快感


「鴉紋さん、一体これは」


 騒ぎを聞き付けて来たフロンスが、鴉紋とセイルの元に現れてフードを外す。


「私のせいなのフロンス」

「いや、何時までもここで暮らすために来たんじゃ無いんだ。ここで天使の子を潰す」

「……遂に時が来たという事ですね」

「あぁ、それよりさっきの眼帯男は何だったんだ、奇怪な能力を使っていたが」

「おそらくは、ガッシュという異名で呼ばれるならず者ですよ。何でも幻覚を相手に見せるという事は聞いていましたが……」


 フロンスは鴉紋の体に付いた生傷を眺めて治癒魔法を施し始めた。


「ただの幻覚では無かった様子ですね」

「私あいつ嫌い!」


 二十名程の甲冑の騎士が裏通りまで侵入してきた。この細い路地で迎え撃つのは、数で不利となる鴉紋達にとっては得策ではある。

 そのうちの一人、何やら指揮をとっているとおぼしき兜に羽根をあしらった男が、後方より剣を掲げて名乗りを上げ始めた。


「愚かなる逆賊共! 我らは天使のつるぎ! 第12国家憲兵隊。副隊長のマニースである! これより我ら、偉大なる天使の子、ザドル・サーキス様の御名を借りて、貴様達を粛清する!」


 副隊長を名乗るマニースの号令に、全ての騎士が胸の前で十字を切った。


「天使の子を狂信しているな」

「ええ、この都の天使の子、ザドル・サーキスは全ての民への慈悲を忘れないと伝え聞きます。故に絶対の信仰になっているとか」

「面倒だな。テレポートで天使の子の居る城まで飛べないのか」

「鴉紋さん。都には結界があるので、セイルさんの転移魔法は良くて目視出来る範囲でのみの行使となります。何度も言った筈です」

「フロンス! 鴉紋を馬鹿にしたら怒るんだから!」

「はいはい。じゃああそこに飛んでくれ」

「え」

「まさか鴉紋さん……」

「あぁ、ど真ん中だ」


   *


「いやいやいやいや、あいつらなんで逃げないんだよ!」


 姿を消したと思われたガッシュは、密かに屋根に貼り付いて、鴉紋達の行く末を窺っていた。


「……いやいやまさか、いくらあいつらが馬鹿そうだからって」


 一人騒がしいガッシュを他所に、鴉紋達の足元に桃色の魔方陣が浮き出でて来た。それを見たガッシュは思い至って嘆息する。


「逃げんのか……ははっそうか、確かあの姉ちゃん転移魔法が使えるんだっけ…………まっ、そうだよな、それが俺達ならず者の処世術って奴よ」


 懐から煙草を取り出して、つまらなさそうに火を灯す。

 そして踵を返しかけたガッシュは次の光景を認めると、身を隠すのも忘れて屋根に立ち上がる事となった。


「……おい、おいおいおいおい、うっそだろ!?」


 桃色の魔方陣が、つまり鴉紋達の転移先は、目前で陣形を組んだ兵のど真ん中であったのだ。

 敵の中心に現れた鴉紋は、両の腕を凪ぎ払って周囲の騎士達を一層する。そしてフロンスが即座に紫色の魔方陣を展開しながら、死人を自らの兵としてしまう。


「……やっ……ちまったよ……あいつら……!」


 セイルが騎士を焼き殺していく。そして丸焦げになった兵は、フロンスの操る傀儡となってまた騎士を襲い始める。


「な……しょ、正気なのか!? 理解が……理解が出来ねぇ……」


 騎士達は突如として現れた脅威に陣形を総崩れさせていった。

 混乱の最中、飛び上がった鴉紋がマニースの前に降り立つ。


「そんな事をしたら、お前達はこれから……!」


 ガッシュは誰よりも都の人間を憎みながらも、同時に、誰よりも都の人間に手を出す事の愚かしさを心得ていた。奴等に手を出せば自分は瞬く間に捕縛されてしまう事は分かっていたし、天使の子の強大な力には太刀打ちできない事も理解していた。


「…………ッ」


 そのいけすかない人間達が、あろう事か天使の子に仕える高潔なる騎士達が、今目前でバッタバッタと殺害されていくのを見て、ガッシュは自らも気付かぬうちにほくそ笑んでいた。


「ありえねぇ……でも……でも、よぉ……」


 マニースの前に立った鴉紋。上段からの剣撃を難なく受け止めると、掌を返して刀身をへし折った。そして飛び上がり、羽根のなびく兜に黒い鉄拳を叩き込んだ。


「…………あぁッ!!」


 抗うことを許されなかった連中が、誰よりも憎みながらも手を出せなかった存在が、今目前の男によってゴミくずの様に蹴散らされている! その光景にガッシュの全身が快感に震え出す。

 ガッシュを蔑んで人間扱いもしなかった騎士達が! 汚いものを見るように見下ろして貧民街に押しやった人間達が! 逆らえなかった騎士共が!


「んぎ…………ぎ、ぎ…………!」


 騎士達が、散り散りになって逃げ出すのもムリはなかった。瞬く間に陣形を崩され、どういう訳だか兵力も逆転されている。先程まで先頭に立っていた副隊長も、兜毎頭を吹き飛ばされて、立ったまま首の断面から血の噴水を上げているのだから。



「んぎ!! ……………………んもぢぃぃいいいいいいいッッ!!!」



 産まれてから今日まで押し留めていた衝動が、内包していた不満が、今全て一挙に流れ出していくかのような快感が溢れだして来る。

 ガッシュは最早絶叫していた。身を隠すのも忘れて全力で。


「俺も……俺もあんな風にあいつらをメチャクチャに出来たらなぁ…………。はっ! いかんいかん! そんな事したら命はねぇっての!」


 いつの間にか垂れていたよだれを拭いながら、ガッシュは自分の頬を何度も叩いて正気を取り戻す。


「んなっ!」


 先程の絶叫が聞こえていたのだろうか、鴉紋が振り返って屋根の上のガッシュを一瞥いちべつした。


「あんの野郎……っ」



 ――随分窮屈そうに生きているんだな。



 鴉紋の言葉がガッシュの脳裏を掠める。


「けっ! 天下一級の自由人、ガッシュ様に向かって……お前達は所詮副隊長をやっただけだっての! それと神の使徒だって居るんだ」


 ガッシュの言っている神の使途というのは、この都で崇拝される天使の子の敬称であった。だからと言ってガッシュが天使の子を崇拝しているつもりは無かったが。


 鴉紋はつまらなそうに正面に向き直ると、都の中心部へと向けて歩いていった。セイルとフロンスもその後に続く。フロンスが『死人使い』の能力を解くと、そこには甲冑の死骸だけが転がった。


「まさか、あのまま城に攻めいろうってのかよ!」


 胡座をかいて思案するガッシュ。これ以上鴉紋達の後をつければ、自分も奴等の仲間だと思われる可能性がある。

 ――あるが……


「……ちっ! でけぇ口叩いたてめぇの死に様! 拝んでやらぁ!」


 大きな舌打ちをしたガッシュは、屋根を伝って鴉紋達の後を追う事にした様だ。

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