第49話 13時40分

2049年12月22日水曜日 13時40分 東京都千代田区 帝国ホテル 1001号室前


 部屋の前に到着し、小声で里井が呟く。


「一つ思い出したんだが、盗聴器はどうした、そっちで拾えてなかったのか、室内の会話」

『……ああ、コートのフードだろ。場所が悪いのか、あんまり聞き取れなくて。コンシェルジュとの会話している様子はあったけど、中身までは拾えない。あと、エレベーターで向かう間にも、コンシェルジュと会話している様子だった』

「……俺らの宿泊確認かもな。いずれにしても盗聴器が拾えないなら、その前提で考えるよ。それじゃ、行くぞ」


 里井はそう言って、ベルを鳴らす。里井と飯田はアイコンタクトで何かを確認する。バックに仕込んだカメラと盗聴器の作動を確認していたのだ。音声もカメラで拾える形となっており、それを北原、ウィリアムズ、そして上原がモニターすることになる。里井の手には絹代の卵焼き、当然、銃器は所持していない。

 扉が開く。スーツ姿の白人男性が二人外に出てきた。里井と飯田は無言で両手を挙げると、ボディーチェックが始まる。当然のことではあるが、危険物等がないことの確認程度がなされ問題がないことを確認し、中へ入るよう促される。この時点で、背を奪われた格好となる。中にいるのは四名と踏んでいた里井らは、この時点で予想よりも悪い状態であることを認識した。当然止まるわけにはいかない。里井らは、自然を装い、中に入っていた。

 中に入っていくと、正面にはダボス・リーカー、右手側にダイアナ・クロスと付き人のアダムと呼ばれる男、左手にローラン・ケリーが座っていた。そして後ろにはボディーガード。逃げ場のない布陣であった。飯田がこの光景に少々狼狽えているように感じた里井は、すぐにゲームの口火を切った。


「招待いただけて光栄です。私は防衛省の伊坂と申します」


 里井は一歩前に出ると同時に、深々と頭を下げた。


「同じく、阿部と申します」


 飯田も、里井の流暢な英語に続いた。


「こちらを……」


 里井は握りしめた最上級の手土産を、背を守るボディーガードに渡した。ボディーガードはそれを取り出して、中を機械でスキャンしようとする。


「やめなさい。その必要はない、持ってきて」


 それをリーカーが静止した。彼はロシア語を使ったが、里井はそれを聞き取れていた。


「……素晴らしい。いつ振りだろう、この卵焼きを見るのは……」


 リーカーは手土産を受け取り中から卵焼きを取り出しながらと、そう呟く。


「久方ぶりでしょう。是非ご賞味ください」


 里井がそう返すと、リーカーが鋭い眼差しを向けてくる。


「……英語でいいよ。ロシア語は、ネイティブじゃないと聞き取りにくいから。二人とも、そこ掛けて」


 里井がロシア語で合わせたことに対して、リーカーは冷静にそう言い放つ。里井と飯田は会釈をして、リーカーの正面となる席に腰を下ろした。それを確認し、リーカー本人も席につく。里井はリーカーを正面に見てクロスのいる右側、飯田がケリーのいる左側という配置だ。


「しかし、これは本当に美味しくてね。たまらなく嬉しいよ。なかなか手に入らないからね……さて、防衛省と言ったかな、君たち。このタイミングで僕に接触してくるなんて、相当訳ありのようだね。商談と言って突然押しかけてくるのも訳がわからないし……ねえローラン?」


 リーカーはそう言って、ローランを呼ぶ。ローランは机に広げたノートPCに向かって何か作業をしている。そして、手を止めるとリーカーに向かって頷く。


「はいはい、在籍は確認できたみたいだから、さっそく説明してもらおうかな。どうやってここを突き止めたか……はとりあえず置いておいて。商談の中身を」


 リーカーの言葉に里井と飯田は一瞬顔を見合わせるが、無線も特に指示はない。作戦はこのまま続行だ。英語に切り替えて、里井が口を開く。


「ええ、それでは。まず、12月20日に横浜港で早朝に予定外の荷下ろしがあったことを確認しています。その後、ある捜査機関が調査を行いその荷物の中身が爆薬であることを掴みました。まさに今、同じタイミングで、東京都内で爆薬使用が想定される事態が発生しています。そこで考えました、もしかして、使われるのはその爆薬ではないかと。捜査機関も確証がなければ動かない、そこで自分たちで動くしかないと判断しました。その調査の中であなたが国内にいるとの情報を得まして。……単刀直入に言いますが、爆薬、あなたのものですね」


 里井が一気に喋ると、空白ができる。クロスからの視線を感じていたが、目を合わせることはしない。リーカーだけに目線を合わせていた。


「……仮にそうだとして、アレストしにきたのかい」

「いいえ、そんな無駄なことは」

「買わせてください。ここ日本で爆破されては、困ります。……あとこちら、国内で起こること、今後は多少お助けできる部分、あるとは思いますがね」


 そう言いながら里井は、ジャケットの中から、CIAパスを取り出して見せる。その言葉、その様子を見ていたリーカーはやけに冷静に、そして淡々と口を開く。


「ふーん。はいはい。いいよ。つまり、あなたたち二人は自己の判断で僕に接触してると、そう言いたいんだね。あとそれ、本物だろうけど、どうやって入手したのかな……まあいっか。答えられないよね。……じゃあ、いくつか質問するよ」


 リーカーはそう言って足を組み直す。里井は目線を外さない。飯田はその様子を横目で見ていた。そしてクロスは里井を見続ける。この後、張り詰めた空気は、より緊迫したゾーンに入っていくのだった。

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