第48話 13時30分
2049年12月22日水曜日 13時30分 東京都港区 東急REIホテル虎ノ門 505号室
昼食を済ませ、野矢親子は揃って眠りについていた。この数日、二人に襲い掛かった心身の疲労を考えれば無理はない。その様子を確認し、上村はダイニングで紅茶を飲みながら寛いでいるのだった。休日ではあるのだが特段の予定もない、むしろ誰かの役に立てていることにはやり甲斐を感じる質だ。
気が早い上村は夕食をどうしようか悩んでいたところ、電話が鳴る。睡眠を妨げないようにマナーモードにしていたが、静かな室内でバイブレーションが大きく響き渡っていた。画面を見て、すぐに電話を取る。
「……里井。どうかした?」
『詩恩さん、時間がないので用件だけ。……今からある所に潜入します。今から2時間経ったら、その部屋の扉、外から開けられるようにしておいてもらえますか。状況によって、身を隠す場所が必要になります。極力行かないようにしますが、念のため、です。2時間経過から30分だけ、それを過ぎたら扉は閉めてください』
「……わかったわ。えーと、今は13時30分だから……15時30分から30分だけ、開くようにしておくわ」
『助かります』
「詳しくは聞かないけど、気をつけなさいよ」
『……はい。野矢親子は大丈夫ですか』
「ええ、ご飯食べてぐっすりとお昼寝中……あんたは人の心配してる場合じゃないわ。こっちは大丈夫。本当に、気をつけて」
『……分かりました。ありがとうございます……では』
そうして電話は切れた。ものの数十秒の会話だったが、上村には里井の緊張感が伝わった。詳細はわからなくとも、危険なことをしていることだけは分かっているのだ。上村は電話を置いて立ち上がり、窓際に向かう。すると、窓の外が少し曇ってきたことに気づく。上村は部屋の置き時計を机に移動させ、再びテーブルについた。席に着くと同時に紅茶を飲み干してしまい、すぐに立ち上がろうとしたのだが、携帯電話がその行動を止めた。鈍いバイブレーションが再度部屋に響き渡る。
「……相沢さん……?」
上村は携帯電話の画面を見て、そう呟く。同時に、昨日も着信があったことを思い出し、電話に出る。
「……もしもし、上村です」
『詩恩ちゃん?相沢です、ごめんね、急に電話して』
「あ、いえ。昨日も電話いただいてましたよね?バタバタしてて折り返しできなくて、すみませんでした。でも珍しいですね、どうされました?」
『実は……詩恩ちゃんには言えてなかったんだけど、というか誰にも言ってないのだけど、今かなりまずい状況でね』
「……まずい状況?」
『簡単に言うと、命を狙われている可能性があって。下手に動けない状況なんだよ』
相沢とは、両親同士が知り合いで、小さい頃から互いを知っている仲であった。特別仲が良い訳でもないが、同じ警察官として働くようになってからは、何かと情報交換で連絡を取り合っていた。そんな関係ではあるが、上村にはどうも話の焦点が合っていなかった。
『……よくわからないよね、ごめん。でも話せないんだよ。ただ頼みがあって』
「状況もわからずに頼みって言われても……」
『お願いは、ホテルを一室確保して欲しいってことなんだけど。もちろん、費用は払う。ただ、自分の名前で予約すると足がついちゃうから、今はあんまり宜しくなくて……』
「相沢さん……何をしたんですか」
上村のトーンが段々と下がっていく。突然すぎる出来事で、知り合いとはいえどこまで協力すべきか判断に迷っていた。
『……今は言えない、ごめん。でも状況はわかるでしょ、捜査一課なら、ウチのこととか情報聞いてるんだろうから、それで理解してよ、頼む』
「ウチの情報って、何のことです?」
上村のその言葉で電話口が静かになる。想定外の返事だったようだ。
『聞いてない……のか、報道規制されてるのか……ちょ、ちょっとまたかけ直す!いったん切るよ!』
上村は、そう言われ一方的に電話を切られた。相沢という人間を知っているだけに、あまりしっくりきていない。ただ、最後の言葉は引っ掛かった。
(報道規制……何かあるわね)
上村は持参していたPCを開く。どうやら、やるべきことを見つけたようだ。PCの画面をスクロールしながら、再度携帯電話を手にするのだった。
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