第47話 13時23分、13時28分
2049年12月22日水曜日 13時23分 東京都千代田区 帝国ホテル 1001号室
軽い食事を終えたリーカーら3名と付き人1名は、リーカーの宿泊する部屋に戻ってきた。少々、重い雰囲気が流れている。無理もない。異様な出来事が続いているのは事実だ。
「それにしても、不思議なことが起こるよねー。東京は実に面白いところだ」
それでもリーカーは能天気を貫く。というよりも、彼は元来楽観的な側面を持ち合わせている。あくまでも性格の問題だ。対照的に、ケリーとクロスは曇った表情を変えない。
「まあまあ、アダムに調べてもらおうじゃないの。いいかな、頼んで」
いきなり指名された付き人はクロスの顔を覗き込むが、彼女は目線を合わせない。
「あ、はい、調べるのは構いませんが……」
話の途中、電話が鳴った。備え付けの電話機のようだ。付き人が受話器を取る。
「はい……来客?そんな予定は……リーカーさん、商談の来客がラウンジに来ているそうですが、そんなお約束ありましたか?」
「……代わりなさい」
リーカーが立ち上がり、受話器を受け取り、スピーカーに切り替えた。
「リーカーだ」
『リーカー様、申し訳ありません。今、伊坂幸助と名乗る男性と他1名が、商談のためにラウンジで約束をしていると……私どもとしても予定は聞いてなかったのでお繋ぎするか悩んだのですが、どうしても伝えろとのことで……絹代の卵焼きとともにお待ちしてます、とのことです。いかがしますか』
リーカーの口角が上がる。ケリーとクロスは顔を見合わせた。
「行くよ。待ってもらってください……あ、いや、部屋に来てもらおうか。呼んで、その二人」
「社長、部屋に呼ぶのはまずいのでは」
咄嗟にケリーが割って入る。だが、リーカーは冷静に答える。
「なぜだ、ローラン。わざわざお越しいただいているんだ、ラウンジで待たせるわけにはいかないだろう」
表情は笑っているが、目がそうではない。これはリーカーが冗談を言わないときの様子の一つだ。
「クロス、君も異論はないね……うん、案内差し上げて」
『か、かしこまりました』
電話口のスタッフも困った様子ではあったが、その言葉で終話となりリーカーは受話器を置いた。
「ダボス……悪い顔をしてるわね」
「ははは、誤解だよ。さあ、客人をもてなすとしよう」
リーカーは、非常に注意深く神経質な性格の人間だ。普段の様子からいけば、突然アポイントも無しに訪れた外国人に会うことなど、あり得ないことだ。当然、クロスもケリーもそれを分かっている。リーカーは、喧嘩を買うことにしたのだ。
2049年12月22日水曜日 13時28分 東京都千代田区 帝国ホテル 1Fラウンジ
ラウンジのテーブルで寛いでいる二人のもとに、コンシェルジュが駆け寄って来た。
「伊坂様、阿部様。リーカー様がお呼びです」
それを聞いた伊坂こと里井は、阿部に扮する飯田の目を見る。
「お呼び……と言いますと?」
「ええ、お部屋の方に来てほしいと……」
少なくとも里井にとって、それは想定外のことだった。理由を、あえて述べるまでもないが、里井は逃走経路を確保しやすいラウンジで会うつもりでいたのだ。
「そうですか。ありがとうございます」
「部屋番号は……」
「ああ、知っているから大丈夫です」
「……そうですか。ごゆっくりお過ごしください」
里井が返事をすると、コンシェルジュはそう言い残して去っていった。立ち上がろうとする里井と飯田の耳元が騒がしくなる。
『待て待て、里井。部屋に行くのか?そんなの聞いてないぞ』
「……もちろん予定外だ。行かない選択肢はあるか?」
『そうだけど、そんなの罠に決まってる。リスクが高すぎるぞ』
「北原……この作戦には元々リスクが付いて回ると説明したはずだ。キャシー、異論はあるなら言ってくれ」
無線越しのウィリアムズは答えない。この状況が想定したものではないことは、全員承知の上だ。
「北原、呼び寄せたのは俺らだ。この作戦に入った以上、想定外も覚悟の上……行ってくる」
『孝太郎、向こうは4名いるはず。部屋に入ったら逃げ場もないわ……集中して』
「そうするよ」
『もし私の出番が必要になると判断した時点で、必ず電話する前に「お上の判断」というワードを使って。それをもとにこっちは準備するわ……ちょっと待って、上原さんがちょうど到着したわ』
里井と飯田が顔を見合わせる。二人はゆっくりとラウンジの席を離れて、エレベーターホールに向かっている。
『里井、飯田……状況は聞いた。行かせる以外の選択肢がないことが心苦しいが、避難経路は確保しろ……できる限り』
「上原さん……見守っていてください。エレベーターホールに着きました。無線は外しませんが、これより脱出するまでは応答はしません」
里井はそう言って、エレベーターの呼び出しボタンをゆっくりと押す。
「俺は阿部剛……お前は伊坂幸太郎……」
エレベーターが到着する間、飯田は独り言よりも少し大きな声で呟いていたが、里井はそれには答えない。既に彼はスイッチが入っていたこともそうだが、どんな言葉をかけようと、その緊張を今更どうすることもできないことを理解していたからだ。
到着したエレベーターに、飯田が先に乗り込む。里井は周囲を見渡した上で、乗り込み、"10階"の行き先ボタンを押すのだった。
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