第42話 9時22分、9時30分
2049年12月22日水曜日 9時22分 東京都港区 コンラッド東京 1Fラウンジ
ラウンジには複数の客がいるが、一際目立つ席がある。
「……ん。おいしいわね、このダージリンティー……」
クロスは思わず小声で呟いた。それほど、ラウンジで提供された紅茶が口に合ったのだろう。そうしているうちに、見覚えのある人物が自分の席に向かってやってくる。
「……アダム。おはよう。昨日は下見手伝ってくれてありがとね」
「ミス・クロス、おはようございます。昨日はありがとうございました。今日は特にスケジュールは入ってません。自由行動で問題ないが、遠出を避けることと、出る場合は私かローランを必ず同行させること、と言伝を社長よりお預かりしてます」
「……わざわざそれを伝えに来てくれたわけ。メッセージで済むのに、悪いわね。とりあえず、座ったら?」
アダムと呼ばれる男は、促されるまま腰を下ろす。クロスは変わらず手元の紅茶を楽しむのであった。
「んん、おいしい。そうだ、ちょっと欲しい物があるのよね。これ飲み終わったら、付き合ってくれるかしら」
「はい、承知しました。ローランに報告だけ入れておきます」
「やーね、行動管理されているみたいで……ま、いいけど」
クロスはコップを口に運びながらそう呟く。ゆっくりと味わうように、紅茶を楽しむのだった。
2049年12月22日水曜日 9時30分 東京都文京区 東欧大学 森崎教授研究室
「そうは言ってもね、北里さん。それは五十嵐教授の意志を踏みにじることになるんではないですか?」
「違います。何度も言いましたけど、もういいじゃないですか。治験で被害者も出ているのに……私はやっぱり告発したいです。あの時に警察なり報道機関に通報すべきだったんです。これは変わりません。自分で証拠集めしてみます」
「……私も来客があるから、そろそろ帰ってもらえるかな」
森崎がそう言うと、北里はバックを手に持ち立ち上がった。
「絶対に証拠をかき集めてみせます。それが亡くなった五十嵐教授のためにもなるはずです……もし気が変わったら、連絡ください。本当は、森崎教授に協力してもらいたいんです……失礼します」
北里はそう言うと、研究室を出て行った。森崎は立ち上がり、そう広くはない研究室内をうろうろと歩き回る。
「あーあーあー、何なんだあの女は協力すると言ったかと思えば、今度は告発だと……ふざけやがって、本当に……」
森崎は感情をそのままに机に置かれている本を手に取ると、それを椅子に向かって投げつける。
「……はあ。これは伝えておかないと」
そう言うと、電話を手に取り耳元に運ぶ。
「森崎ですがー。守くん?……うんうん、そうなんだよ、相沢はとりあえず、いいや。昨日話したけど、何も自分は言ってないって。問題はさ、北里ってゼミ生、覚えてる?彼女がねぇ、面倒なことを言っているんだよ」
話しながらも、苛立ちから動かずにはいられないのか、ひたすら研室内を歩き回っている。
「そうだねーどうするかはまだ決めてないんだけど、北里の動きによっては、頼まれてくれるかなー。……その代わりにお願いって?……治験の薬?そんなもの何に使うのよ」
森崎は足を止める。電話口の話を聞きながら頭を抱えた。
「……まさか翔くんに使う気……はいはい、いいけど自己責任よ、私は知らないからね」
そう言うと電話が切れたようだ。森崎は手に持っていた携帯電話を椅子に投げて、天井を見上げため息をついたのだった。
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