第41話 8時32分
2049年12月22日水曜日 8時32分 東京都千代田区 警視庁 地下二階
『妙案、か……。この潜入も、元は言えば里井、君の案だったな。聞こうか』
上原はモニター越しに、里井へ続けるよう促した。それに応えるように、里井は口を開く。
「おっしゃる通りなんです。このままだと、ホテルに行って誰がいるか読めませんし、側近の二人を野放しの状態で潜入することも、非常に危険。情報が伝わって、外から攻撃を受ける可能性もあります。敵は、視界に入る状態、もしくはどこにいるか把握できていた方が、リスクは少ないと考えます」
「それは確かにそうだ。つまり、側近二人を帝国ホテルに呼び寄せる、ということか……」
飯田がそう言うと、里井は頷いた。
「はい、そうです。いっそのこと、三人とも帝国ホテルに集まってもらいましょう。そうすれば、想定外の攻撃を受けるリスクは下がります。それに……」
里井は溜め込む。目的は別にあるようだ。
「この作戦、そもそも承知の通りリスクが高いです。失敗した時のことを考えて、せめて三人揃ったところを映像として収めることができれば、何かの保険になるかもしれません」
「……なるほど、分かった。小型カメラでの隠し撮り、私が準備する」
飯田が返事をした。里井は、それに静かに頷く。
『待ってくれ、まだそれは認めたわけではない……。どうやって、三人を誘き寄せる気だ?』
上原が空気を遮るように言う。里井は冷静にそれに応えた。
「シンプルに、です。クロスとケリーの滞在先で、ひと騒ぎを起こし、自身らに身の危険があると思わせます。そうすればまず、二人はボスの元へ向かうでしょう。守るべき義務と忠誠心がありますからね」
『なるほど……仮にうまく三人を集めることができたとしよう。その直後に君たち二人が接触してくる。さらに怪しまれることにならないか?』
里井は、上原の言葉に口角が上げずにいられない。想定通りの質問が来たからだ。ただし、これは彼の気持ちの余裕から出てくるものではなく、同時に、他に選択肢がないことを示していた。
「そうです、上原さん。私が提案した作戦で恐縮ですが、この作戦は元々、相当のリスクがあります。正直、怪しまれずに事を進めるのは不可能に近い。……なら、逆転の発想ですよ。怪しませてしまえばいい。ここまで露骨にやれば、必ず異変に気づく。すると向こうは自信家ですから、必ずこちら二人がどんな人物か確かめたくなる……私はそう考えました。そうすれば、接触はできる。あとは出たとこ勝負です」
里井は話し終わると、上原は返事をしなかった。この様子を、ウィリアムズは冷静に見ていた。里井の考えは、三歩先を行っていたのだ。
「孝太郎、あなた、そこまで読んでこの作戦、提案したの?」
ウィリアムズの声に、里井は再び笑みを浮かべた。
「まさか。昨日とは状況がまるで変わりました。正直、リーカーに接触すること自体、リスクを取ってまでやるべきことかとギリギリまで悩んでましたが、昨日起きたことのおかげで、やる必要があると確信しました。やるなら、とことんリスクを取って確率を上げなければならない……そういう考え方です。そもそも接触できない可能性があるわけですから」
北原、飯田は何も言えずにいた。北原は里井とは同期であり、対抗心を常に燃やしている節がある。ただこのとき彼は、里井との距離を感じざる得なかったのだ。
少しの間、沈黙が続いた。数分経って、モニターから声が聞こえてきた。
『……里井、全てを聞き、理解した上で一つだけ言わせてもらう。この作戦、二人とも帰ってこれない可能性すらある以上、私の立場では許可すべき内容ではないと思っている。これは本音だ。だが、君たちはSIIのメンバー。危険は承知の上で、この作戦を実行しようとしている捜査官を、止めることを正しいとも思えない……責任は私が取る。ただ、君たちの命は、責任には代えられないものだ。もはや正解はわからない。ただただ、君たちには無事に戻ってもらいたい。それだけを言わせてほしい』
再び沈黙が場を覆う。それを切り裂くのはこの男しかいない。
「……それはゴーサインと捉えさせていただきます。上原さん……私は、SIIの捜査官である以上、常に命を懸けているつもりです。仮に何かあったとしても、それは私自身が、SIIの捜査官に就任したときに覚悟したものです。上原さんはきっと、それを踏まえたうえで話して下さっていると理解します。誰のせいでもない、私自身の決断ですから。配慮、感謝します」
そう言いながら里井は立ち上がり、頭を下げた。飯田も右に同じ、と言うかのように会釈をした。
『……北原、キャシー。二人のサポートを全力で頼む。作戦の概要は私から増田に話しておく。時間がない。すぐに行動に移してくれ。各自、最善の行動を……午後には私も司令室へ到着する予定だ。では、頼むぞ』
そう言うと、上原との通信は途切れた。
「……孝太郎、飯田さん。あなたたちの設定に必要なスーツと持ち物、司令室に一通り用意してあるわ。自分のものと全て入れ替えて持って行って。スマートフォンも身分証も財布も、全てよ。あなた達の個人情報に繋がるものは、全て置いていって」
里井と飯田は頷き、顔を合わせると立ち上がった。
「北原、飯田さんと俺は準備が出来次第、すぐに出る。細かいことは常時通信で確認し合うことでいいか?」
里井が手土産をしまいながら、北原に言う。
「ああ……通信用の無線機も司令室置いてある……飯田さんも気をつけて」
「ありがとう。サポート、頼むよ」
飯田がそう言うと、里井と二人は会議室を出て司令室へ向かって行った。会議室には、北原とウィリアムズのみが残っている。
「和人、元気ないわね。しっかりあの二人をサポートしないと」
「……分かってる……重要な作戦だからな……」
ウィリアムズには、北原の心情が透けて見えていた。あえて、それに触れる必要もない。
「この作戦が失敗して爆薬を確保できなければ、24日の予告が実行される可能性が高まる。そうなると、私たちは一気に追い込まれるわ。この千載一遇のチャンス、掴みましょう。私も全力を尽くすわ」
そう言いながらウィリアムズも立ち上がり、会議室を出た。北原は、席に座ったままだ。
ウィリアムズが会議室を出たところで、準備ができた里井、飯田とエレベーター前で鉢合わせた。
「キャシー、準備ができた。諸々調達ありがとう。行ってくるよ」
「……孝太郎、飯田さん、気をつけてね」
二人は頷くとエレベーター横の通路へ向かう。地下二階から直接地上へ出るための隠し通路だ。
「孝太郎!」
扉を開けて飯田が先に通路に入ったところで、後ろにいた里井が呼び止められる。声に反応して振り向いた。ウィリアムズが、どうやら不安そうな表情を浮かべている。SIIで出会って以来、そんな姿を見せたことはなかった。
「……いってらっしゃい」
里井はその言葉に強く頷くと、通路に入り扉を閉めた。ウィリアムズは、この期に及んで不安を抱いていた。元々、不安要素しかない突飛な作戦である。爆薬を確保するために選択肢がなく、危険があることは誰もが分かっていた。しかしその中で、虫の知らせに似た、漠然とした不安をウィリアムズは抱いていたのだ。心のどこかで二人が戻らないような、そんな予感を拭えずにいたのだった。
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