第34話 17時30分、17時33分
2049年12月21日 火曜日 17時30分 新宿区 某所
ある貸し倉庫内。機械を使って発信機が付いていないかどうかの最終確認を行ったあと、数人の男が大きな荷物の中身を確認していた。
「ローラン、これどうしますか」
ローランと呼ばれる男が、呼びかけに応え近づいていくと、白い粉の入った袋を渡される。
「確認はしておこう。……ノエル!お前なら分かるだろ、試してみろ」
別の荷物の中身を確認していた男がローラン・ケリーに近づき、袋を受け取る。
「これ、空気パンパンですね。開けていいんですか?」
「ああ。じゃないと正確に判断できないだろ。結局は、その道の人間が持つ味覚が最も正確だ」
「やめてくださいよ、自分、ジャンキーではないんですから」
ノエルはそう言いながら腰から折り畳みのナイフを取り出し、袋に勢いよく突き刺した。すると、袋は破裂音とともに、粉が舞い上がる。ノエルは小指に少量の粉を取り、口元へ運ぶ。
「……はい、コカインですね、これ。しかもかなり上質です」
ケリーは、その様子を見ながら舞い上がった粉を眺めていた。まるで粉雪のように、大量ではないがその粉は舞っている。何か違和感を覚えるのだった。
「銃器はどうしますか?」
別の男がケリーに話しかける。
「使用するわけではないから、そのまま保管しておく。念の為、内容物を確認しリストにまとめておいてくれ」
そう言った瞬間、倉庫入り口の扉が開く。警戒した男たちが、手元に持つ銃を構えた。
「……やだ、よしてよ。あんたたち、あたしが来るって知ってるでしょ」
そう言いながら小柄な男とともに女性が入ってくる。
「……ミス・クロス。相変わらずオンタイムですね。下見は、どうでしたか」
ケリーが前に出て、その女性に話しかけた。クロス、そう呼ばれた女性は続ける。
「ええ。アダムに全てセットさせたわ。あとは、明後日、だったかしら」
用意された椅子に腰を下ろしながら、続ける。
「それにしても、不思議よね。今回の取引。事前に取引場所まで指定してきて、それも屋外で人目につく場所。かなりオープンな所よ。あたしたちはともかく、自分達もリスキーだと思うわ。相当の自信家と見たわ」
「そうでしょう。名も知らぬ日本人が、社長に取引のために日本に来い、と指示するなんて、信じられません。勿論、相応の額ではありますがね。どこの馬とも知れない奴らですから」
「そうね。けど、社長の人を見る目は本物だわ。現に、あなたも少し感じたんじゃないの?これ、その彼らの荷物なんでしょ?」
「ええ、そうです。もう一歩のところで、我々が先を行った形ではありますが」
「はいはい、あなたたちの勝ちね」
「いえ、そういう意味では……」
その様子に、女性は笑いながら続ける。
「ローラン、よく考えなさい。そこまで慎重にやること自体、珍しいと思わない?あの社長がね。取引を、きちんと成立させること、それは彼のモットーだわ。成立させるために必要なことを、彼は惜しまない。あたしが直々に下見に行ったことも、あなたに彼らの荷物を奪わせたことも、つまり取引成立に必須項目なの。準備に手段は問わないが、取引だけは誠実に行う……それを慢心せずに実行し続けたことが、彼が成功した理由の一つだわ」
女性は立ち上がる。ケリーに近づいていく。
「あなたはまだ飼い犬だけど、素質がある。変なことは考えず、しっかり今やるべきことをなさい。あたしが、然るべきタイミングで力を与えてあげるわ」
耳元でそう呟くとケリーから離れ、携帯電話を取り出す。届いていたメッセージを確認すると、一緒にきた男からコートを受け取った。
「ローラン、パーティの時間ね」
コートを羽織りながら、そう言った。
「……ええ、ホテルまで送ります。ノエル、他のみんなもリストができたらデータを俺に送ってくれ。施錠し忘れるなよ……ミス・クロス、行きましょう」
「痒くなる呼び方ね。いい加減、ダイアナ、でいいわよ」
「……そうはいきません」
「堅いわね。……けど、そういうところ、嫌いじゃないわ」
そう言いながら、二人は倉庫から出て行った。
2049年12月21日 火曜日 17時33分 神奈川県横浜市西区 某所
綺麗な事務所の中には五十嵐兄弟が佇んでいた。倉庫を改装した、お手製のアジトだ。携帯電話が鳴り、五十嵐守は電話を取る。
「テツか、どうした……そうか、発信機がONになったか。了解、助かる。場所をPCに送っておいてくれ。で、お前らはいつ頃戻るんだ?……分かった、抜かりなくな」
電話をしまうと、弟の翔が寄ってきた。
「どうしたの?」
「ああ、発信機がONになった。つまり、センサーが反応したってことだ」
「センサー?」
「粉塵に反応するセンサーだ。あの荷物には大量のコカインを入れておいた。奴らは、必ず中身を確認するために袋を破る。そうすると、粉が舞い上がるように空気をぎりぎりまで充填して勢いよく破裂するようにしておいた」
「……なんでそんなことを?」
翔は、詳しく計画を知らない。これも、兄である守の計画の一つなのだ。結果が出てから、一つずつ丁寧に教えてあげるのだ。
「あの荷物は銃器が入っている。当然、発信機がないか確認されるだろう。通常の発信機じゃ、検知器ですぐに見つかってしまう。そこで、テツにあるきっかけを与えることで作動する超小型センサー式の発信機を作り、銃器ひとつひとつに仕込ませた。粉塵を感知すると、ONになる。つまり、袋を開けない限り、検知器には反応しないのさ。普通、発信機の確認した後に、荷物の中身を確認するだろう。絶対に気づかれないんだ」
守は、マグカップを口元に運びながらPCを開く。発信機の示す位置が、地図上に表示されていた。
「新宿か……取引会場の近くに置いたか。なるほど、噂通り、只者じゃないな」
「新宿?取り返しにいくの?」
「いいや、行かない。把握することが目的さ。盗られてしまったものは仕方がない、これは万が一のために仕込んだものだからな」
「兄貴、ここまで予測してたの?」
兄は弟を背にして、立ち上がった。
「予測?違うな。想定していたのさ、最悪の状況をね。荷物を奪われる、という計画は当然なかった。盗られないように野矢美佐子を拉致して荷物を追っていたわけだからな。つまり、今はかなり悪い状況ってわけだ。労力は報われず、荷物は奪われた。ただそうなった時に策を考えるのでは遅い。事前に準備をしていた、それだけのことだ」
翔はその様子を見ながら、同じく立ち上がった。
「優くん……残念だったね。あれも計画外?」
守はそれに反応する。ゆっくりと振り向いた。
「塚田に聞いたのか……ああ、まさか野矢優まで奪われるとはな。計画外だよ。だけど奴はその程度の男ということがこれではっきりした。だが、想定外ではない。お前の能力があれば、問題はないさ」
守は室内を歩きながら続ける。
「それにしても、塚田が簡単にやられてしまうのも、少し妙ではある。そしてこの分だと、野矢美佐子も生きているかもしれない。今のところ、こっちの計画は全て失敗していることになる……警察なのか、取引相手なのかは知らないが、曲者がいることは間違いないだろう……翔、テツに連絡して、野矢美佐子の生死を確認しておいてくれ。あのマンションを調べれば、すぐ分かるだろう」
守はそう言いながらリモコンを手にして、テレビの電源を入れる。ニュースは平常運転だ。今日一日、既に相当な事が起きているはずだが、特に報道はない。報道規制なのか、野矢美佐子が生きているのか、これだけで守は確信を持てない。
(曲者か……面白くなってきた)
再度椅子に腰掛け、PCに向かう守なのであった。
2049年12月21日 火曜日 17時33分 東京都千代田区 警視庁
同時刻、里井は警視庁に到着する。車を降りるとともに、携帯電話を手にとった。
「……北原か?今どこだ?」
『いま?SIIだよ』
「ちょうど良い。いくつかデータを送るから、解析を進めておいてくれないか。説明しなくても、見ればわかるから大丈夫。かなり進展があったから、潜入の準備に集中したいんだ、データの整理を任せてもいいか」
『もちろんやるけど……野矢美佐子と息子、とりあえず良かったな』
「ああ……とりあえず捜査一課に戻って、野矢誠殺人の方の処理を終わらせてくる……あ、一つだけ教えてほしいんだけど」
里井は、エレベーター前で立ち止まった。
「詩恩さんに超記憶研究について情報を渡すために、かなり調べてくれたよな?治験には3人参加していたって言ってたと思うけど、野矢優以外って、分かったのか?」
『それが、もう一人は五十嵐翔って子で五十嵐教授の息子ってところまでは分かったんだけど、3人目は情報がどこにも無くてさ……かなり大学のデータベース、深いところまで探したんだけどな……』
「そっか……そういうことか」
『え?何かわか』
里井は通話を切り、エレベーターに乗り込んだ。五十嵐、この名が出てくることがもはや偶然ではないことは明らかだ。野矢美佐子と行動を共にした二人、彼女ももう一人の名を聞いてはなかったが、おおよそ間違いないだろう。
里井は行き先階ボタンをゆっくり押し、考えを再度整理するのだった。
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