第33話 16時15分、16時20分

2049年12月21日 火曜日 16時15分 神奈川県川崎市多摩区 某所


「翔、大学へ行く必要は無くなった。横浜へ戻るぞ」


 黒のSUVは優雅に街道を走り抜ける。その車中、電話を切るとともに少し気が立っている男の姿があった。


「え?……兄貴、どうしたの」


 守は口を塞いでいる。弟の翔も、それ以上に追求はしなかった。車は兼修大学へ入る道を通り過ぎ、横浜への帰路を進む。


「……コンビニ寄ってもいい?」


 重い空気の中で翔が口を開くと、兄は小さく頷く。車は街道沿いのコンビニエンスストアに駐車した。


「兄貴、何かいる?」

「いや、いい」


 確認を取ると翔は車から降りて、店内に入った。携帯電話を取り出して、兼修大学で野矢優の見張りをしていた男に電話を繋ぐ。


「……もしもし。兄貴に話したと思うけど、何があったの」


 電話をしながら、陳列棚を開けてペットボトルの水を手に取る。翔は無言でそれを聞きながら、レジカウンターへ向かうのだった。


2049年12月21日 火曜日 16時20分 東京都狛江市 某倉庫


 里井が現場に着くと、周辺は規制線が張られ、騒々しい状況になっていた。まさに現場検証を行っている様子と、事情聴取を受ける人物の姿があった。

 倉庫の中に入ると、猿田の遺体を確認した。搬送される前だったようだ。里井は手を合わせた後、遺体をまじまじと確認する。


(眉間に一発……)


 それだけで十分なほどの情報を得ることができた。素人の仕業でないことは明白だ。近くにいる鑑識に声を掛ける。


「この辺り、何か置かれていた形跡はありますか?」

「ええ、この辺りだけ、引きずったような跡がありますね。何か重量のあるものを運び込んだような、そんな跡です。最近ついた跡でしょうね。今、防犯カメラの映像も確認させてますから、はっきりするとは思いますが」

「ありがとうございます」


 鑑識員が指差した範囲は、モンテネグロの地下に置かれたと思われる荷物の大きさと、おおよそ一致する。


(野矢美佐子を襲った犯人じゃない……犯人は猿田を探していた。しかし野矢美佐子はその居場所を知らなかったんだ。そうなると、別の人物……横沢さんたちを襲った奴らだ)


 荷物を追う理由は明確に分からなくとも、奪う理由があるとすれば、取引相手しかない。里井が当初推理していたものは、おおよそ当たっていたようだ。里井は倉庫を出て、事情聴取されている人物の元へ行く。担当の警官に警察手帳を見せ、少しだけ、と言いその人物に話しかけた。


「すみません、聴取の途中で。警視庁捜査一課の里井です。あなたは?」

「この貸し倉庫を所有している、木村です」

「猿田さんのことで聴きたいのですが」

「先ほどその方には話しましたけど……ついさっき倉庫の巡回できたら、変な男が二人いて、契約者が死んでいるから通報しろと……それで確認したら猿田さんが」

「殺した犯人ですか?顔は見ましたか?」

「いや、動揺していて顔をじっくりは見ませんでしたが、パーカーを着た、若い二人でした。自分は殺していないと……すごく冷静に。なぜここにいるのか聞く前に去ってしまって……」

「車は?」

「黒のSUVです」


(二人組……SUV……野矢美佐子の証言と一致する。彼女を横浜で拉致し、狛江のウィークリーマンションまで連れて行った奴らに間違いない。ただ猿田の居所は掴めてなかったはずだ。なぜここが分かったんだ……しかし、話を聞く限り、間に合わず荷物は奪われた……そんなところか)


「ありがとうございます、木村さん」


 そう言うと礼をして、隣にいる警察官に伝える。


「木村さんに協力してもらい、似顔絵作成をお願いします。はっきりした顔は見ていないかもしれませんが、人物像の共有にはなります。出来上がったら、私に共有ください」

「分かりました。今、防犯カメラの映像の確認結果が来ましたが、その二人は殺していないようです。その1時間前に、数人が被害者を連れてきて、柱に括り付け、射殺した様子が写ってるようです。ただ、画像がかなり粗く、顔の認識は難しそうですね」

「なるほど……カメラ映像も送ってもらえますか?」

「はい、分かりました」


 里井は一礼し、車に乗り込む。


(間違いない……。映像があれば、何かわかるかもしれない。ここから、どうするか……)


 里井は考えながらエンジンをかける。状況は一変した。捜査一課が追っていた野矢誠を殺害した犯人、猿田友弘は死亡した。また、関わったと思われる野矢美佐子。ここから、別の組織、別の事件に繋がる人物像が見えてきている。これが、既に、SIIが追う者の正体が見えてきている。新宿駅のマクドナルドで監視をしていた森重哲也、安藤博、そして野矢美佐子から聞いた名がある。


「五十嵐守……」


 里井は呟き、思考を巡らせる。情報を北原に整理させる必要がある。法定速度を少し超えるスピードで、里井は警視庁へ向かうのであった。





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