第30話 15時20分

2049年12月21日 火曜日 15時20分 東京都狛江市 某所


 何とか、爆弾の作動を止めることができた。人命を救ったことだけでなく、野矢美佐子という人物を救えたことは非常に大きな意味を持つ。

 現在、飯田が緊急で手配した爆発物処理班が到着し、解除作業に入っていた。里井は、処理班が来る前に野矢から話を聞こうとしたが、いつ爆発するかもわからない状況で冷静に話を聞くのは無理だと判断し、ただただ無言で、野矢の傍で処理班の到着を待っていた。処理班が作業に入ると、里井は外に出てこれまで起きたことを頭の中で整理するのであった。


「里井さん、ですね」


 玄関外で考えを巡らせていると、中から出てきた男に声を掛けられる。


「私、爆発物処理班の皆川聡みながわさとしです。飯田とは、同期なんです。飯田と捜査一課の方が、面識あるなんて珍しいですね」

「ええ、以前別件でお世話になったことがありまして」


 里井は、適当に言葉を返す。飯田も当然のこと、周囲にSIIのメンバーであることは伝えていない。飯田は鑑識課ではあるものの、最近では現場に出ることはなく、その功績と能力から、分析の方法の業務改革のリーダーを担っている。里井のような現場の人間とそれほど接する機会はないのが実態だ。


「直接飯田から依頼が来るなんて、よほど買われてますね。優秀な方なんでしょう。そうでないと、あんな応急処置の仕方は思い付きませんがね」

「……爆弾の方は」


 皆川の言葉をまるで聞こえてないかのように話す里井に対して、ふっと笑みを溢しながら皆川は答える。


「ええ。解除終了しましたよ。とりあえず爆弾は危険なのでこのまま持ち帰らせていただきます」

「飯田さんと話していただき、分析をして欲しいです。それを作った人間の手掛かりがあれば、知りたいので」

「そうですね。あまり見たことのない加工がされていました。相当に精通している人間じゃないと、ああいった形にはできない。爆弾作りは癖が出ますから、何かわかるかもしれませんね……わかりました、飯田と連絡とって対応しておきます。……では私たちはこれで引き上げます」

「ありがとうございました、分析、お願いします」


 皆川の後ろから3名ほど処理班のメンバーが機材など持って出てきた。そのまま皆川は一礼して、去っていく。里井はそれを見届けた上で、再度室内に入る。

 野矢は同じ体勢で座っていた。特に心乱している様子もなく、落ち着いている。


「野矢さん、大丈夫ですか」

「里井さん……本当にありがとうございました」


 野矢は立ち上がりながら、そう言った。本心で言っていると里井は感じ取る。


「……全て、話していただけますか」


 野矢は一呼吸置いて、口を開く。


「はい。知っていることは全て話します。その前に一つお願いが」

「……なんですか」

「先に息子を……野矢優を助けてください」

「もちろん、そのつもりです。お話を聞いた上で居所を探して……」

「場所は、私知ってます」


 里井はその言葉に少し驚いた表情を見せる。


「兼修大学……亡くなった五十嵐教授の第二研究室の倉庫内です。たぶん、私が死んだと思っているから、移動もさせていないはず。私は数時間前に、兼修大学で息子と会ってます」

「本当ですか……兼修大学に今、うちの人間が一人行ってますよ。五十嵐教授の研究室は見たはずですが」

「第二研究室は、実験を行うために用意された場所で、五十嵐教授と森崎教授、実験の参加者ぐらいしか、場所を知りません」

「……超記憶研究ですね」

「ええ……ご存知なんですね。お仲間の方は誰かといるんですか」

「五十嵐教授のゼミ生と一緒にいるみたいですね」

「ゼミ生……北里さんだったら、場所わかるはずです」


 運がいい、とはこのことだろう。まさに今、上村が一緒にいるゼミ生のことだ。里井は、電話を取る。


「少し待ってください……もしもし、詩恩さん?まだ研究室ですか」

『里井!そうよ、そっちはどんな状況なの?』

「とりあえず一つわかったことがあります。今、野矢さんと一緒にいますが、息子の優くん、そこにいます」

『ええ?どういうこと?』

「第二研究室、というのがあるようです。一緒にいる北里というゼミ生なら、知っているはずだと」

『……分かったわ。それで、どうする?』

「詩恩さん、任せていいですか?」


 電話の先が無言になる。この里井の、「任せる」の意味を確認しているのだ。


『……いいわ』

「行田さんには、私からメッセージ入れておきます……十分に、注意してください。そのゼミ生を含め、です」

『わかった……切るわね、また連絡する』


 通話を切るとメッセージ画面に切り替え、行田への報告を入れる。


「里井さん、今兼修大学にいるのって、女性の方?一人で行かせるんですか?きっと、仲間がいますよ、危険です」


 野矢の言葉を聞きながら文章を打ち込み、目線を変えずそれに答える。


「はい、もちろん分かってます。大丈夫です。彼女は、優秀な警察官なので……息子さんは、彼女が救います。私たちには、別にやることがあるので」


 文章を打ち終わり送信した後、携帯電話をしまいながら野矢を見る。


「まず、一からお話を聞きます。その後、私に協力してください。あなたは、大きな事件に関わっています」


 野矢は無言で、頷く。二人は椅子に座り、話を始めた。

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