第25話 12時15分、12時20分
2049年12月21日 火曜日 12時15分 神奈川県川崎市多摩区 兼修大学 五十嵐教授研究室
整理はされているが少し埃が舞うような、まるで時が止まったかのように忘れ去られた場所。上村は、兼修大学の学生である北里成美に案内され、五十嵐教授の研究室に来ていた。
「すごく整理整頓されているというか、本当に使っていた部屋なのかしら……」
「はい、とても綺麗好きな方で、常に研究室内はこの状態ですよ。私と祥子以外、誰も入っていませんから、ほとんど事故前のままです」
無機質さを感じる部屋であった。五十嵐という教授の性格が表現された、もはやアートとも取れる、そういった空気を上村は感じていた。
机にある書類を捲っていると、電話が鳴る。
(……登録のない番号……?)
「北里さん、ごめん、少し外すわ」
上村はそう言いながら研究室を出て、少々不審には思いながらも電話に出る。
「はい……どちら様?」
『捜査二課の北原です、僕のこと分かりますか?』
「ああ、北原くんね。もちろんよ、里井と同期の。色々こっちの捜査まで手伝ってもらってるみたいで感謝するわ。けど電話なんて、何かあったの?」
『はい、里井から頼まれて、連絡しました。超記憶研究のことです』
「……続けて」
『出発前に警視庁のデータベースで、里井と超記憶研究について調べてましたよね。里井から頼まれて、東欧大学と兼修大学のデータベースからそれぞれの教授のファイルを探し出しました。そしたら、無許可の人体実験が行われている記録を見つけたんです。3人、その実験に参加してます』
「う、嘘でしょ、この時代に人体実験とかできるわけ?」
『もちろん、無許可なはずです。人体実験ってより、治験って名目ですから。人体実験を仕切っているのは、データ上では東欧大学の森崎教授だけ。その3人は、実験によって何かを得ている可能性が高いです』
「……いま五十嵐教授の研究室にいるけど、五十嵐教授は先週、事故で亡くなったらしいわ」
『……なるほど、何か裏がありそうですね。何か探るなら、研究室を出入りしているゼミ生とかが良いと思います。これだけの記録、一人で管理しているとは思えません。側近というか、信頼できる人間は絶対にいるはずです』
「ありがとう……参考にするわ」
そう言って、電話を切る。会話中に着信を受けていたため、履歴を確認した。
(……相沢さん?珍しいわね、後でかけ直さないと)
上村は考えながら研究室に戻った。
「北里さん、あなた、卒業後は研究室に入る予定だったって、言ってたわよね?」
「はい、教授からも了承をもらっていたので、そのつもりでした」
「教授の研究、手伝いとかもするのかしら?」
「はい、ゼミ生は割と手伝いしてます。研究室といっても助手がいたりするわけではないので……それに教授は医学的な知見が豊富なので、専門以外にもいろいろな論文作ってましたし、私たちも経験になるので、喜んで手伝いしてましたよ」
「超記憶研究のことは?」
「あれは、五十嵐教授が手を引いてしまいましたけど……途中までは東欧大学の、森崎教授だったかな?共同代表の人とよくここで打ち合わせとか、治験に参加する方のケアとか、やってました。メディア発表を控えているところで、急に取りやめになっちゃったんですよね」
「そうなのね……野矢優くんって知ってるかしら?」
「優くん、もちろんです。治験に参加するメンバーの一人でした。よく一緒に遊んでましたよ、五十嵐教授が特別目を掛けていたので、彼はここにもよく来てました。元々、すごく賢い子なんです」
上村は「ちょっと待って」と言い、電話を取った。
2049年12月21日 火曜日 12時20分 東京都文京区 某所
「……もしもし」
『里井、今どこにいるの?』
里井は既に東欧大学を離れていた。高速道路が事故渋滞の案内が出ており、下道を運転中だ。
「今、運転中です。横沢さんの報告見ました?猿田が見つかったんです。とりあえず現場に向かってます」
『どういうこと?東欧大学はどうしたの?』
「どうも何も、森崎教授に会ってきました。会ったというか、出くわしたというか……」
『ええ?そうなの?何か聞けた?』
「いや、無策で行ったのが良くなかった、っていうより……むしろ悪い状況になった気がします。けど一つ分かったのは、彼が野矢優の居場所は知らないってことですね。それだけは確信が持てる。ただあの人、何か隠してます」
『ちょ、ちょっとよく分からないだけど!猿田はどこで見つかったの?』
「モンテネグロ近くの、ウィークリーマンションですよ。契約してた部屋とは、また別に借りていたようで。横沢さんらしからぬお手柄ですね」
『じゃあそこから近いし、猿田の身柄確保したらでいいいから、その後兼修大学来てくれない?五十嵐教授は亡くなってて、今ゼミ生の子と研究室にいるんだけど、優くんのこと知ってるって。色々聞けそうなのよ』
「亡くなった……?」
『先週だそうよ』
里井は違和感を覚えた。先ほど森崎と、もちろんその話題について会話はしていない。ただ共同代表だったはずの二人が、森崎の雰囲気からその親密さを感じ取れないのだ。亡くなっていたならその悲壮感などが感じ取れてもいいはずだ。里井は少なくともそう考えていた。
「……とりあえず、分かりました。終わったら連絡します」
そう言って、電話を切る。里井は考えていた。猿田友弘はなぜ野矢誠を殺したのか、野矢美佐子はなぜ犯人グループのメンバーに指示を受け動いているのか。また行田のチャットによる報告から、横浜に到着してから誰かと行動していることも分かっている。
(情報が多くなってきたな、少し整理しよう……モンテネグロに預けていたのは、金と大事な荷物。それをおそらくは猿田が持っているか、どこかに隠している。荷物の持ち主は困っているはずだ。当然、荷物の持ち主は猿田を探す。猿田を探す方法は?唯一知っているとしたら……同級生であり事業を共にやっていた野矢美佐子……利用価値はそれしかない。野矢美佐子はガイド役だ。野矢美沙子を動かすには?人質……つまり野矢優だ。RTSのブローカーやってる野矢美沙子は二つ返事では動かない、とすると人質の無事を確認しに……)
里井はここで我に返る。一つ視点を見落としていることに気付いた。犯人グループがリーカーと取引すると仮定した場合、この状況をどう捉えるか。
(リーカー側にとって願ってもない好機じゃないか。取引相手が自分らの武器を失っている。これをみすみす逃す理由もない。俺ならどうする……)
答えは簡単だった。ただし、問題があるとすれば全て里井の想像という点だ。裏付けとなるものが何もない。
里井は携帯電話を取り出して、電話を掛けるのだった。
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