第20話 11時9分
2049年12月21日 火曜日 11時9分 東京都千代田区 警視庁
「……北原か。わかったのか?そうか…特定が出来たら教えてくれ」
里井は電話を切る。それと同時に、上村に肩を叩かれた。
「里井、分かったわ」
「詩恩さんも?仕事が早いですね」
「え?どういうこと?」
「今、北原から連絡があって、詩恩さんが入手したマクドナルドのカメラ映像。当たりでしたよ。安藤の他に仲間が一名映ってて、特定を急いでます」
「ほんと?やったわね!…私の方は、野矢美佐子の息子よ。過去に保護観察処分になってたからすぐに引っ掛かったわ。やんちゃなようだけど、かなり頭が切れる子のようね」
上村はそう言いながら、自身のノートパソコンの画面を見せてくる。
「
「中学生で保護観察処分って、よっぽどですね」
「さあ…さすがに一般人だとそんなに情報は出てこないわね。どうするの、里井」
里井は顔を上げて天井を見つめる。
「……さあ、どうしましょうか。でも東欧大学に出入りしている中学生・・・普通ではないですよね。超記憶研究も気になる。東欧大学から調べてみるか……」
里井はPCでデータベースを漁っていき、上村は近づいてその様子を眺める。そして、里井は何かを見つける。
「超記憶研究、これだ……見たもの、聞いたことの一切をデータベース化し記憶する能力の研究。100TB級のデータベースを瞬時に検索しアウトプットする、それを人間の脳で行う研究……何だこれは……」
「100TBって……もはや意味がわからないわ、そんなことできるの……?」
「スパコン以上の容量……恐ろしい研究には違いない、人間兵器でも作るつもりか……けどこの研究、既に終了しているようですね。きっと、打ち切られたんでしょう。そんなのが明るみになってたら、大ニュースだ。で……野矢優は、研究に携わるとともに、研究対象でもあったってことですね。この研究、東欧大学発信だけど、元は兼修大学で生まれたものなんだな……東欧大学と兼修大学、手分けして聞き込みしますか。何か分かるかもしれない」
「いいわよ。でもこの時期って、まだ授業とかやっているんじゃない?」
「それはしょうがないですよ。電話したところで相手してくれないでしょうし。せめて、野矢優と繋がりのある人間に辿り着けば……東欧大学は森崎教授、兼修大学は五十嵐教授ですね、これがこの研究の共同代表者。それぞれ、当たりましょう。私は東欧大学行きます」
「じゃあ、私が兼修大学ね、了解」
「密に連絡取り合いましょう、行田さんには私からうまく説明しておきます」
上村はその言葉に頷くと、鞄をもって颯爽と部屋を出た。里井は行田に連絡を入れ、この後の行動を説明する。
話ながら、里井は考えていた。
(やはり一歩遅れている……敵は必ず猿田を見つけ出す。いろんなケースを想定しておかないと、やられる。ダボス・リーカーに、犯行予告犯のグループ。どっちも簡単にはいかない……)
そう考えながら報告を終え電話を切ると、続け様に電話が鳴る。
「……はい、里井……北原か、分かったのか」
『ああ、
「了解、助かる。俺の携帯に、画像データと経歴データ、送っておいてもらえるか」
『今送ったよ。……リーカーへの接触だけど、偽名と人物設定、もうすぐ出来るから飯田さんの分も一緒に送る。頭に叩き込んでくれ。ミスは許されないからな』
「わかってるさ。それで……接触するにも、リーカーの場所か連絡先が分からなければ、接触のしようがない」
『分かってるよ、今日経団連と経済産業省の懇談会あるって言ってたろ?その会に、上原さんが参加することになったんだ、オフィシャルにね。元々、警視総監が呼ばれていたんだけど増田さんが根回しして、上原さんにしたみたい』
「なるほど、上原さんなら、立場的には十分だろうし、悪くないな。つまり上原さんが、その後の行動を尾行するのか?」
『そうなるね。直々に、上原さんが行くとは……総力戦だな、今回は』
「ちなみに気になってたんだけど、その懇談会、何の名目なんだ?いろんなものに守られているとは言え、武器商人で犯罪者。特に日本じゃ縁がないように思えるけど」
里井は話ながら個室に移動する。携帯を使用しているところもそうだが、会話を他の人間に聞かれたくはない。
『まさにそこだよ、リーカーの狙いは。日本に、彼の流通ルートは現在ないんだよ。で、そこで目を付けたのが自衛隊さ。いま、かなり自衛権の話が世の中的に再燃しているだろ、小さい戦争が起きまくってるから、仕方ないことなんだけど。だから武力が必要になると踏んで、このタイミングで仕掛けにきてるんだ』
そう、今世界はあちこちで争いやいざこざが勃発している。見えないテクノロジーを駆使した攻防の先にあるのは、やはり武力行使なのだ。世界情勢を鑑み、日本の中でも世論は、武力強化の声が高まりつつある。特に野党はそれをうまく利用し政権交代を目論んでいるようにも見える。その意味で、非常に不安定な状況にあると言える。紀本総理は平和主義を貫いている手前、今回の件に慎重になるのも無理はない。
「その相手が経産省と経団連ってのが、腑に落ちないけどな」
『そこに、防衛省と親しくしている関係者が多数いるんだよ。リーカーはそんなことまで掴んでいる。表向きは、リーカーの表の顔である慈善事業とエネルギー事業の、意見交換会、らしいけどね。おそらくは裏の関係性作りが目的なんじゃないかと思うよ』
「……なるほどね。なんとなく背景は見えてきたな。了解、俺はこれから、東欧大学に行くんだけど、ちょっと調べもの頼んでいいか」
『東欧大学?何しに?』
「調べて欲しいのは、超記憶研究。東欧大学の森崎教授と、兼修大学の五十嵐教授が共同代表として、両大学が連携してやっている研究のようなんだ。それに野矢美佐子の息子、野矢優が関わっている」
『野矢優……人質になっている息子か。了解、調べてみる』
「ああ、かなりヤバい研究だから、何かありそうな気がしてならない。とりあえず俺は大学に向かうよ」
里井は電話切り、刑事課を後にした。近くリーカーに接触しなければならない。24日まで、時間もない。分からないこと、気が掛かりなことだらけの状況だ。とにかく動くしかない。里井はそう考えながら、急ぎ足で東欧大学に向かっていった。
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