第19話 10時25分、10時30分、10時35分

2049年12月21日 火曜日 10時25分 神奈川県横浜市西区 横浜駅構内


 横浜駅は幾度と行なっている改修工事を終え、以前よりも人々の往来が増えたと言われている。華やかな空気が漂う駅構内に、一人の刑事がやってきた。


「すみません、警視庁捜査一課の行田と申します。ある事件を追ってまして。捜査に協力してもらえますか」


 行田は、改札口の窓から駅員に声を掛ける。その様子を、遠くで見ていた男が、携帯電話を取り出す。


「もしもし、ローラン、聞こえますか?こちら横浜駅JR線の改札前です。捜査一課を名乗る男がたった今、駅員に捜査協力を申し出てます・・・はい、わかりました」


 男は電話を切ると、行田の元へ近づいていく。改札を通って駅員室に入ろうとした行田に、走ってくるその男が衝突した。


「・・・いたた、すみません、大丈夫ですか」


 衝突した男はその場に倒れこんだ。行田が声をかけ近づくと、すぐに立ち上がった。


「・・・大丈夫です、す、すみませんでした」


 男はそう言って、その場を足早に去って行った。行田は、接触したときに腕を痛めたが、打撲に近いもので気にしていなかった。故意にぶつかってきたとは夢にも思わない。前を見て気をつけて欲しい、行田はそう思いながら駅員室に入って行った。


 男はその様子を見届けた後、再度電話を入れる。


「ローラン、完了しました。・・・音声も良好です」


 電話を切ると男はその携帯を駅のゴミ箱に投げ入れ、やって来た電車に乗り込み去って行った。


2049年12月21日 火曜日 10時30分 東京都千代田区 警視庁


「・・・まずは野矢美佐子ね」


 里井は自席に戻り、上村に会議の経緯を話していた。


「はい。昨日マクドナルドから入手してもらったカメラ映像も、今、北原が解析してます。安藤の仲間が映っていれば、より有利に動けるんですけど」

「北原くん、忙しそうね・・・本業できてるのかしら・・・」

「あとは野矢美佐子・・・他に手掛かりを見つけないと先を越されてしまいますね・・・行田さん、横沢さんが何かしら見つけ出す事を期待するしかない・・・」


 里井はそう言いながら、頭を捻る。いいところまで来ているが、もう一歩届かない状況だ。当然、里井には敵の状況を掴む事はできていない。しかし、感覚的に、一歩遅れていることを感じ取っていた。


「そうだ、人質の息子・・・彼を見つければ。詩恩さん、手伝ってください」


 二人はパソコンに向かい、作業を進めるのであった。


2049年12月21日 火曜日 10時35分 神奈川県川崎市多摩区 某所


「・・・了解した。テツに、情報を俺の携帯にも送らせてくれ。六本木は、特に店の指定はない。仕掛けやすく、広範囲に及ぶような構造の店を選定して欲しい。もう一つ、これから先、どうなるかは俺にも分からない。自分たちの避難経路は、ちゃんと確保してくれよ」


 男は、電話を切り、窓の外を眺める。運転手は、その男に話しかける。


「大丈夫かな、安藤たち。不安だよ」

「ま、大丈夫だろう。俺が立てた計画に抜け目はない。失敗するとしたら、あいつ自身の問題だ。良きリーダーは、部下を信じ、裁量を与えるのさ。たとえ仮に失敗しても、大したことじゃない」


 後部座席で、野矢はその会話を聞いていた。野矢はこの時点で、ある事に気が付いた。


「ねえ、どこへ向かってるの?」


 幹線道路から右折し、車は長い坂を登っていく。


「もう着きますよ、息子さんのところへ」


 野矢は、決心し尋ねる。


「なぜ、私の要求を素直に聞いたの」


 後部座席にいる野矢には、男の表情は読み取れない。しかし、何かがつっかえていることは想像できる。


「ストレートですね、これはまた。何故だと思います」

「わからないわ、だから聞いたのよ」


 男は笑い声をあげる。そのまま手を叩き、続ける。


「いいですね、強気な態度。これまでの協力に免じて、赦しましょう」


 そう言った瞬間、着信音が車内に鳴り響く。男はポケットから携帯電話を取り出す。ボタンをタッチすると、電話相手では無く、後部座席に向かって言った。


「私は、ハンマーが壊れるまで石橋を叩いてから渡るタイプなんですよ。あなたが言うことを聞かないと息子さんがどうなるか、その目で確認してもらいます」


 車は坂道を、スピードを上げて駆け上がって行く。男は何もなかったように電話相手との会話に戻るが、野矢は低いトーンで告げられたその言葉が頭から離れることはなかった。


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