第9話 14時05分

2049年12月20日 月曜日 14時05分


 里井たちは濱口を連れて、先ほどいた喫茶店に戻ってきた。店主に話をつけ、外から見えにくい席を案内してもらった。


「濱口さん、協力ありがとうございます。隣が上村、その隣が猪田です。さっそくですが、事件当日の十八日のこと、教えてもらえますか」


 濱口は運ばれてきたコーヒーを啜り、溜息をついてから話し始めた。


「野矢は、あいつはかなりやばいことに手を出していました。ニュースで見ましたが、あいつが刺されたのは夜の十時頃でしたよね。私があの日、モンテネグロに行ったのは、八時頃です」


 上村は鞄から手帳を取り出し、濱口の話を記録していく。里井はただ、真剣な眼差しで濱口に向き合っていた。


「いつも通り、お気に入りの焼酎を買って帰ろうと思っていたんですが、帰り際に、野矢から「稼げる仕事があるからやらないか」と誘われたんです」

「具体的に、どんな仕事だと?」

「それが仕事内容は、何かするわけではなく、ただ「場所」を提供するだけでいいと」

「場所?」

「はい、荷物を保管するための場所だそうです。民間の宅配業者を信用していない訳ありの富裕層が利用する、VIP御用達の宅配サービスを行う会社があるらしく、一般の家や倉庫を保管場所として利用するそうです。野矢はその仕事をやっていて、その会社が保管場所として協力してくれる所を募集しているから、お前もやらないかと誘われたんです」

「濱口さんは何と答えたんですか」

「断りました。一日保管すると、モノによって一千万円以上の報酬だと言っていたんです。本当かどうかは知りませんが、契約によっては日払いもあるそうで。そんないい話、あるわけないじゃないですか」

「一千万!?」


 上村は興奮気味に声を張り上げた。里井は申し訳なさそうな顔をしている上村を一度見てから、濱口の方を向いた。


「なるほど。そのサービスの会社名やどんな荷物を保管しているのか、聞きましたか?」

「会社名は聞きませんでしたが、荷物を実際に見せてもらいました。地下の倉庫に保管してあって、結構大きく頑丈なケースです。一辺一メートル近くはありましたね。ロックも確か二重になっていました。ただ、中身は聞かされていないと言っていましたが」

「地下の倉庫?」


 里井は上村を見る。


「そんな荷物があったなんて、報告書にはなかったわ」

「里井さん、私は事件当日に現場を見てますが、倉庫には何もありませんでしたよ。何かあったような形跡すら、無かったはずです」


 猪田の言葉を聞くと、里井は一度考えるように目線を落とした。つい先ほど、自分の目でも見ている。それらしい形跡すらなかった。少し間が空けて、再び顔を上げた。


「野矢さんとはどうして口論に?」

「最後に私が、野矢に向かって「それは危険だから早めに手を引いた方がいい」と伝えたんです。そしたら野矢は、お前には関係ないだろう、と。それで口論になりました。私は、唯一の友人がそんなことをしているのが、情けなくて」

「口論の最中、奥さんは?」

「いましたよ。その仕事は美佐子さんが動いていたようですから、彼女にも色々言われましたよ。悪い人ではないんですがね。美佐子さんなら、荷物のこともよく知っているかと。彼女にはお話聞かれましたか?」


 里井は上村を見た。上村も里井の方を向き、目が合った。


「貴重なお話しありがとうございます、濱口さん。連絡先だけ、控えさせてもらっていいですか?」


 里井はメモ用紙とペンを濱口に渡し、立ち上がって携帯電話を取り出す。


「里井さん、野矢はその仕事のせいで殺されたんですか?」

「まだ分かりません。分かり次第、ご連絡します」

「もしその仕事のせいなら、美佐子さんも危ないんじゃないですか。美佐子さんは今どこに?無事なんですか?」


 里井は取り出した携帯電話をゆっくり耳元に持っていく。濱口には無言で答え、そのまま席を離れた。


「里井です。野矢美佐子は見つかりましたか」

『いいえ、今近くのコンビニや飲食店などを横沢さんと所轄の刑事に手伝ってもらい当たってますが、居ません。私はホテルで待機してますが、戻ってこないですね。そっちはどうですか』

「はい、接触したおかげで色々分かりました。私たち、大きなミスを犯してます。野矢美佐子に騙されていたんです。おそらく、野矢美佐子は戻ってこない・・・詳しくは後ほど説明しますが、とにかく野矢美佐子を見つける必要があります。所轄に人数増やして周辺の捜索をするよう応援を要請してもらえますか。私たちもこれからそっちに向かいます。三十分後に」

『わかりました、手配しておきましょう』


 里井は電話を切り、席へと戻る。


「里井、これ」


 上村からメモ用紙を受け取った。濱口が連絡先を書いた紙だ。


「では濱口さん、これで私たちの聴取は終わりますが、手続き上、狛江警察署に一度行っていただく必要があります。もう少し、ご協力ください」

「分かりました。里井さん、美佐子さんは行方不明なんですか。必ず見つけて、守ると約束してください」


 里井は濱口から一度目線を逸らす。少し間を置いてから言った。


「出来る限りのことはします。猪田巡査に付き添わせますので、すぐに向かってください。また何かあれば、連絡します。猪田さん、お願いします」


 里井は頭を下げて、濱口を見送った。猪田が後ろから付いていくのを見届けると、上村が言った。


「やばそうね、これ」

「そうですね。もしかすると、あっちの件と繋がっているかもしれません」

「え?それほんと?」

「はい、車中で詳しく話します。とりあえず、野矢美佐子が滞在しているプリンセスホテルに向かいましょう」


 里井はそう言いながらテーブルにお代を置いて、上村とともに店を出た。


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