第8話 13時50分

2049年12月20日 月曜日 13時50分


 店を出て、通りからパチンコ店を覗き込む。濱口は出入口から近い席に座っている。


「いいですか、三人で行ったら警戒されますから、私一人で行きます。詩恩さんは正面の出口、猪田さんは裏口を張ってください。万が一、逃げた時のためです」


 里井はそう言いながら、猪田に小型無線機を渡す。


「チャンネルは3番です。入る前に合図します」


 猪田は頷いて、裏口へと向かっていった。その様子を見ながら、里井は携帯電話と取り出し、ボタンを押して耳元へ持っていく。


「里井です」

『行田です、どうしました』

「これから濱口に接触し、話を聞きます。許可をもらえますか」

『接触?どういうことですか、尾行を続けるはずでは?』

「濱口が犯人とは思えません。何か有力な情報を持っていなければ、追う意味がないと判断しました。彼が犯人で大金を奪っているなら、この町から姿を消すのが普通です。ですが、彼は自身のルーティンを一切崩していない・・・とてもじゃないですけど友人を殺して大金を奪った男には見えません。接触の許可をください」

『・・・わかりました。続けてください』

「行田さん、それより、野矢美佐子の方が気になります。そっちの状況は?」

『わかっています、野矢美佐子は外出中で、待機しているところです』

「外出?確か、野矢美佐子は夫の死で憔悴しきっていて、事情聴取が無理だと判断したから、ホテルに滞在して落ち着いた頃に聴取を行うっていう流れでしたよね?誰かしら張っていなかったんですか?」

『所轄もそう判断していたから、誰も監視はしていなかったようです。正直なところ、所轄も外出していることに驚いているみたいですね。とても外に出れるような状態ではなかったらしいですから。ホテルの従業員によると、十分ほど前に、コンビニに行ってくると言って出たと聞いています』


 里井は疑問を感じた。同時に、嫌な想像が頭をよぎった。


「横沢さんに、近くのコンビニを当たらせてください、それ以外の商業施設も全て。私たちも、済み次第、そっちに合流します」

『わかりました、また連絡してください』


 里井は上村の顔を見ながら、携帯電話をポケットにしまった。上村が首を傾げる。


「どうしたの、里井」

「嫌な感じがします。早く向こうに合流した方が良さそうです」

「何よ、嫌な感じって。あんたのそういう勘はいっつも当たるんだから、やめてよね」

「何かこの事件、よく考えると変というか、普通じゃないですよ。あっちの件でも気になることがあって」

「あっちって、SIIのこと?何よ、気になることって」

「後で説明します、とりあえず、まずは濱口から話を。詩恩さん、正面入り口、お願いします」


 里井はそう言いながら、入口へ向かう。上村もその後ろを追う。


「猪田さん、聞こえますか、中に入ります」

『聞こえます、了解です』


 里井は上村に目で合図し、パチンコ店の扉を開けた。室内の籠った空気が流れこんでくると同時に、耳の奥を突き破るような爆音が、身体に突き刺さる。里井は眉をひそめ、歩きながら濱口の座る席を確認し、カウンターに向かう。


「すいません、すぐに責任者を呼んでください。協力願えますか」


 カウンターにいた女性店員に警察手帳を見せながら、耳元に向かって言った。女性店員は頷き、店長らしき男を呼びに行った。


「何か用でしょうか」


 店長と呼ばれるその男が里井に向かって言った。里井は再び警察手帳を店長に見せた。


「すみません、店長。店のことじゃないんです。営業を妨害するつもりはないので、協力していただけますか」

「・・・はい、何をすれば」

「入口の列から数えて二列目の手前から6番目に座る男性に用があります。今、その隣に別のお客が座っているのですが、なんとかどけてもらえませんか。怪しまれないように」


 店長は、里井の言った席を見て、少し考える仕草をした後、口を開いた。


「わかりました。大当たり中ではないようなので、故障したことにしてどいてもらいます。少し待っていてください」

「どうも。急ぎでお願いします」


 店長はバックスペースへ入っていき、少し経った後、里井が指定した席に向かっていった。客と話をすると、客はしぶしぶながら席を立って移動していった。店長は台に「故障中」の貼り紙をした後、里井の方を向いて頷いた。里井も頷き返し、濱口の右隣へと向かっていく。周りを一度見渡した後、ゆっくりと濱口の隣の席に座った。すると、濱口は里井の方を向いてきた。


「お兄さん、そこ、故障中ですよ」


 この騒音の中で、かすかにそう聞き取ることができた。里井は濱口の方を向き返し、声のボリュームを少し上げる。


「いいんですよ、私、パチンコはやらないので」


 里井がそう言うと、濱口の表情が固まった。


「あなたの友人のことで少し聞きたいことが」


 濱口は表情を硬くしたまま、里井の方を向いていた顔を正面に戻した。


「こんなところで事情聴取ですか」

「ええ、趣味の邪魔はしたくないので、手短に」

「変わった方ですね。まあ変だとは思っていたんですよ」


 濱口の言葉を聞きながら、里井は警察手帳を取り出し、濱口の目の前に出した。


「警視庁捜査第一課ですか。若そうな方なのに、立派ですね」


 濱口は動じることなく、そう言いながら、パチンコ台に千円札を投入する。里井は警察手帳を胸元にしまった。


「里井と言います。今、変だと思っていた、とおっしゃいましたけど、どういうことですか」

「ええ、ここ数日誰かに見られている気がしたので。里井さん、と言いましたかな。私は野矢を殺した犯人として疑われているのでしょうか」

「はい、最初は疑っていたために接触はせず尾行しておりましたが、あなたの行動から犯人ではないと判断し、たった今、接触するに至りました。野矢さんのお店の常連客と聞いたので、野矢さんのことで何かご存知ないかと。妻である美佐子さんの話だと、事件直前に野矢さんと言い争っていたと聞きましたが」


 里井がそう言うと、濱口の表情が変わった。ゆっくりと里井を見て、覚悟したようにこう呟いた。


「里井さん、場所を変えませんか」


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