第7話 13時35分

2049年12月20日 月曜日 13時35分 東京都狛江市 某所


「私、狛江警察署の猪田と申します。この二日間、濱口容疑者の尾行をしておりました」


 狛江駅の近くにある個人経営の喫茶店。都市から適度に離れている立地であり、平日の昼間、客は数えるほどしかいない。


「警視庁捜査一課の上村です」

「同じく捜査一課の里井です」


 里井は上村と合流した後、尾行の引き継ぎを行うため、野矢誠が殺害された現場を確認してから、担当者とこの場所で待ち合わせしたのだ。


「失礼します、ホットコーヒー二つと、ホットカフェオレになります」


 上村が話し出そうとした時、店員が注文した品を持ってきた。お盆に乗ったコップを見て上村は、「ここに置いてください」とテーブルの端を指しながら言い、置かれたホットコーヒーを猪田の前と自分の前、ホットカフェオレを里井の前に持っていく。上村はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れて、かき混ぜながら口を開いた。


「濱口の様子はいかがですか」

「ええ、昨日今日と、家と駅前のパチンコ店との往復で、それ以外の場所には一切出向いていません。若くして奥さんを亡くしてから濱口を知る者もいませんし、その他の交友関係もありそうにないですね。この二日間、彼は誰とも会話をしてません。殺された野矢誠が唯一の知り合いかもしれませんね」


 猪田はそう言って、ホットコーヒーを啜る。


「電話はどうです?」


 里井が言った。一口飲んだカフェオレをテーブルに置く。首を傾げているところから察するに、味に納得がいかないようだ。


「尾行開始から、電話どころか携帯電話に触れてもいません。自宅内では、外から音声傍受を行なってましたが、声を発してませんので」

「そうですか」


 里井は窓の外を見ながら答えた。目線の先には、濱口がいるパチンコ店があり、ガラス越しにその姿が見える。里井は一つの仮説を立てていた。

 十八日に起きた事件は、被害者の野矢誠が刺殺された後、金庫にあった約二千四百万円の大金が盗まれている。自営業で行なっている酒屋にそれほどの大金を置いておくことはまず不自然である。それも現金で。それが不自然であることは言うまでもないが、仮に濱口がその金を目当てに野矢誠を殺害したのであれば、どこかに逃亡し身を隠すのが自然ではないか。友人を殺し、大金を奪っているのに、呑気にパチンコ店に出入りするだろうか。真っ先に疑われることは容易に想像がつくはずである。


「詩恩さん、横沢さんの方からは何か連絡は来ました?」

「ええ、五分前に来たメールだと、野矢美佐子が滞在しているプリンセスホテルに行ったけど不在で、ホテルのロビーで待機中のようね」


 それを聞いた里井はゆっくりと立ち上がった。手に持っていたカフェオレを飲み干し、カップをテーブルに置く。


「どうしたの?」


 上村はおもむろに尋ねた。猪田も立ち上がった里井を見上げる。


「あくまでもこれは推測ですけど、濱口は犯人じゃない。けど、もっと重要なことを知っている気がします。尾行を続けても何も出ないでしょうから、直接話を聞きましょう。それより、無くなった二千四百万円、奥さんの野矢美佐子が何か知っているはずです。濱口から情報を聞き出したら、横沢さん達に合流しましょう」

「里井、話を聞くって、どうやって?」

「別に作戦とかはありませんよ。ただ、普通に話を聞くだけです。猪田さんも協力していただけますか」


 そう言って、里井はアタッシュケースを手に持ち、店の出口へと向かった。

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