第6話 10時45分
2049年12月20日 月曜日 10時45分
「質問があれば先に聞こう」
上原がそう言うと、「司令官」の一人、
「こういった脅迫文なんて、おそらく毎日のように届いてますよね。この脅迫文だけで、ランクSが設定されるとは思えません」
「その通りだ」
上原は続ける。
「一国の指導者に対する脅迫はいつの時代も途切れることはない。総理はこの脅迫文も他のものと同じように捉えていた。ただそれは昨日までの話だ・・・」
言葉に詰まった上原に、里井は横から被せるように口を開いた。
「この脅迫文、日付をよく見てください。表記が正しければ書かれたのは十七日、となると官邸に届いたのは十八日。そして最初の期限は十九日。つまり昨日。私たちに招集がかかったということは、実際に爆破が起きたということでしょう」
北原は里井の言葉を聞きながら、再度脅迫文を確認する。
「待ってください、昨日?内閣府職員の自宅が爆破されたなんてニュース、一切報道されてもいないし、警察もこの件で動いてないですよね?」
北原がそう言うと、上原は無言で頷いた。隣の増田は目線を落としたままだ。
「里井の言う通り、爆破は実際に起きてしまった。総理大臣が直々にマスコミへ戒厳令を布いたんだ、パニックを回避するためにね。処理には、私の友人がいる世田谷警察署のメンバー数名で動いてもらい、私も処理のため現場に行ってきた。周辺の住民にもガス漏れによる爆発と説明している。この事件を知っているのは、処理に関わったメンバーを除けば、内閣府と、君たちのみだ」
上原の言葉に皆唖然とした。もう一人の「司令官」である
「言い方はあれですけど、要は報道規制ですよねそれ、よっぽど追い詰められた事態ってことですか。つまり爆破は実際に起きて、次の攻撃をされると流石に隠蔽はできないし、被害者が多数出る可能性がある。それを阻止しろというわけですね?」
「そうだ。今回救いと言えることは、爆破された職員の自宅には誰もいなかったため被害者が出なかったことだ。しかし、次の攻撃予告は、クリスマスイブのヒルズ六本木。攻撃を受ければ、多数の犠牲者を出すことになるだろう」
上原は低いトーンで淡々と話す。皆少しずつ、状況が見えてきたようだ。
「上原さん、総理の方は」
里井が話に割って入った。上原は里井を見る。
「紀本総理は辞職されるつもりはない。犯人を、SIIの総力を挙げて捕まえろとのお達しだ。次の攻撃で被害者が出る前に、だ。里井、君にかかっている」
「他に情報は?」
「今のところ爆破された自宅からは、手掛かりになりそうなものは出てきていない。使われた爆薬は、闇市場でよく流通する汎用のC4爆弾だ。狙われた職員は、
話を聞きながら里井は資料を確認する。上原の話の通り、相沢秀樹はごく普通の一般職員であり、狙われた理由は見当がつかない。上原は皆の様子を眺めながら、続ける。
「もう一つ、実は別口から気になる情報が入ってきてな。これが、先の事件の報道規制を行なった理由でもある」
そう言いながら上原は立ち上がり、「キャシー、頼む」と呼びかけるとプロジェクターが起動し、スクリーンに画像が投影された。映し出されたのは、恰幅のいい中年の欧米人だ。画像から、凄みが伝わるほどの佇まいである。
「この男を知っている者はいるか」
上原が画像を指差しながらそう言うと、北原が真っ先に手を挙げた。
「ダボス・リーカー(Davos Reeker)、米国の武器商人です。いわゆる、銃器の密輸を生業にしているブローカーで、コネクションは政財界から大企業まで幅広く、顧客も各国の重要人物から中東のテロリストまで、相手を選ばず多岐に渡ります。世界一と言える武器商人です。最近はロシアを拠点に活動しており、特にロシア民間の軍事企業と密な関係にあると言われてます。また表の顔として、慈善事業や再生エネルギー事業など、いくつもの会社を経営しています」
「その通りだ。流石だな、北原。実はこの男が今、日本にいるという情報を掴んだ。理由は分からないが、旅行で来ているとは考えにくい。彼は上質な爆薬を安く仕入れるルートを持っていると、界隈では有名だ。私は彼が今回の件に関わっている可能性があると見ている」
「まさか、里井に接触させる気ですか?」
「北原、そんな眼で見るな。彼しか、現状手がかりがないんだ」
北原は机を叩いて立ち上がった。
「彼が日本にいるなら、只事ではないでしょう、総理が情報規制の判断をされたのも理解できる・・・しかし、リーカーは非常に危険な人物、ビジネスのためなら殺しでもなんでもする男です。不確かな情報だけで里井に接触させることは、お世辞にも得策とは言えません」
「落ち着きなさい、北原君。上原君の話を最後まで聞きなさい」
増田にそう言われた北原は静かに腰を下ろした。上原は話を続ける。
「加えてもう一つ、今朝、予定されていない漁船が横浜港から出港していることが確認されている、海上保安庁からの情報だ。また横浜港の管理室にいた警備員二名が、銃殺されていた」
「銃殺?それも初耳です」
「そうだ。この件も、ウチの方で信頼できる部下に処理させたから、表には出ていない。そして落ちていた薬莢には、ロシア連邦軍の刻印が入っていたことが確認できている。北原、わかるだろう」
「ロシア連邦軍使用の武器は、並大抵のことじゃ他国の人間には用意できません。ましてや日本では尚更。つまり、リーカーの仲間が使用したものというわけですか」
「そうだ。確実とは言えないが、限りなくその可能性が高い。おそらく、今朝横浜港を出た漁船は、リーカーが関わっている密輸船だということだ。同時刻に横浜港からトラックが出ていったことも確認されている。これから取引をするのであれば、まだチャンスはある。取引相手は、今回の件の犯人かもしれない。飯田は至急、国内の犯罪組織を洗い出してくれ。北原はリーカーの所在を突き止めることを第一優先で頼む。分かり次第、里井、君に潜入してもらう。他に何かあるか?」
上原は皆を見渡す。すると、里井は目で訴えかけていることに気付いた。同じく目線で発言を促す。
「その、ダボス・リーカーって奴、有名人なんでしょう。是非、キャシーの意見が聞きたい」
里井はそう言いながら、円卓の後ろで立っているウィリアムズの方を見た。ウィリアムズは、上原の顔を伺い、口を開いた。
「リーカーは、和人の言う通り、非常に危険な人物よ。何より、人脈が一番のネックだわ。アメリカ国内なら、FBIもCIAも揃って彼の行動は見て見ぬふりをする。彼は皆に富を分配するから、アメリカは彼を野放しにして、他国もそれに従う。まさに暗黙の了解ね。だから薬莢は残すし、情報も掴める・・・隠す気がないのは自信の表れよ。もし彼に接触するなら、当たり前だけど、孝太郎の素性を知られることが、最悪の展開と言えるわ。政府としても、日本警察としても、SIIとしても、ね」
「つまり俺は、何かあった際、SIIはもちろん警察の関与を一切否定する立場として行けっていうことかな」
ウィリアムズは里井の言葉に答えない。代わりに上原が口を開いた。
「その通りだ、里井。それは今回に限ったことではない。我々もそうだが、現場に出る君はSIIの人間であることを誰にも知られてはいけない。だから君のコードネームは、ノー=ネーム(No = Name)なんだ。分かるな?」
上原の言葉に、笑みを浮かべて返す。
「それは、当然にここに入った時から、理解してますよ。念の為の確認です。自分の仕事ができれば、私はそれでいいですから。ただどうしてか、今回は簡単に事を運べる気がしませんね」
「いいか、SIIが引き受ける任務は常に切迫したものばかりだ。簡単ではないことは百も承知だが、攻撃を止めることができるのは我々しかいない、そして君にかかっている。SIIの捜査官として抜擢された君にはそれに値する能力がある。弱気になるな、この国のために、犯人は必ず捕まえるぞ」
上原はそう言い、再び席についた。同時に増田が口を開く。
「くれぐれも、我々のことは知られないように。毎回言っているが、君たちがSIIの人間であることは誰にも知られてはいけない。敵にも、同僚にも、家族にも。知られずに犯人を突き止め、あらゆる攻撃を阻止する。これが我々の任務だ、忘れないでくれ。以上だ、健闘を祈る」
増田がそう言うと、全員席を立った。里井は、増田の元に歩み寄る。
「昨日のひったくりの件、増田さんが何か口添えしてくださったんですか」
「どうしてそんなことを聞く」
「室山課長からお咎めがなかったので、誰かが根回ししてくれたのかと」
「私は何もしていないよ。昨日から私と上原は、この件で手一杯でね」
「そうですか」
「里井、何か分かり次第、キャシーから連絡させる」
隣にいた上原が言った。
「わかりました。一旦、通常業務に戻ります」
「増田、何か聞いていたのか」
「いや、何も。室山君に感謝しなくては」
「そのようだな」
二人は、里井の背中を見つめながらそう言った。
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