第10話 15時10分、15時15分
2049年12月20日 月曜日 15時10分 東京都新宿区 西武新宿駅前
プルルルル。
突然、公衆電話が鳴り響く。電話ボックスを背に立っていた女性は驚いて振り返り、おもむろに鳴っている公衆電話の受話器を取った。
「はい」
『誰にもつけられていないな?』
「平気だと思います」
『いいだろう。次の指令を出す。新宿駅からJR線に乗って、横浜まで向かえ。その公衆電話の下に携帯電話が置いてあるだろう。自分の携帯とすり替えて、その電話を持っていけ。チャージされたICカードも貼り付けてある』
「・・・わかりました」
女性は周りを見ながら、公衆電話の下にあった携帯電話を手にして、ICカードがあることを確認したあと、ポケットに入れる。
「すり替えました。横浜に向かいます」
『待て。自分の携帯電話を置いていないだろう。見ていないとでも思ったのか。早く自分の携帯電話を置くんだ』
女性は再び周囲を見渡す。鞄から携帯電話を取り出し、公衆電話の下に忍ばせる。
『・・・置いたな。それでいい。時間を無駄に使うんじゃないぞ。次そういうことをしたら、お前の息子は即殺す。身体をバラバラに刻んで、その携帯に画像を送りつけてやる』
「や、やめてください。もうしませんから」
『なら、黙って言うことを聞け。まあ、賢く動くんだな』
そう言うと、電話が切れた。女性はゆっくりと受話器を戻す。一度深呼吸をして、足早に歩き出した。
2049年12月20日 月曜日 15時15分 西武新宿駅前ファストフード店二階
窓際に座るパスを顔中に付けた男は、口に次々とポテトを放り込みながら双眼鏡を覗いている。
「おー。野矢美佐子さん、歩き出しましたねー。歩くのが早い、早い。さーて、携帯電話でも取りにいきますかー」
ピアスをした男の隣に座るスーツ姿の男はゆっくりと立ち上がった。
「俺が取りに行く。テツはここにいてくれ。発信機の動作確認だけ頼む」
スーツ姿の男はゆっくりと階段を下りていった。テツと呼ばれたピアスの男は鞄からパソコンを取り出し、起動する。
「安藤さーん、聞こえますかー」
ヘッドマイクを付けたピアスの男は窓の先にいるスーツの男に手を振る。
『聞こえるぞ。目立つから手を振るな。どうした』
「発信機は良好に作動してますーと伝えたくて」
『了解した。引き続き、野矢美佐子の動きを追ってくれ。武蔵小杉を過ぎたらショートメッセージを送ることも忘れずにな。俺は五十嵐さんに報告を入れておく』
「そんなこと言ってーここ禁煙だったから、一服したいだけでしょー。その前に携帯電話だけ回収してくださいよー」
『わかってる。少し黙れテツ』
安藤はそう言いながら、胸元から煙草を取り出し火をつけ、野矢美佐子が使用した公衆電話ボックスに向かう。ボックスの扉を開き、電話機の下に手を入れて、野矢美佐子がすり替えた携帯電話を手に取った。だが、安藤はそれを見た瞬間に、地面へと叩きつけた。周囲の人間が一斉に安藤に視線を移す。
「え、安藤さん、どうしたんですかー」
『くそ、あの女、やりやがった。この携帯、偽物だ。テツ、野矢美佐子は今どの辺りだ?』
「えーと、ちょうど新宿駅の改札をくぐったところですねー。予め偽の携帯を準備していたってことですかー、やりますねー。自分の携帯、どうしたんですかねー」
『・・・どうせ隠し持っているんだろう、おそらくな。電源を入れて発信したらテツが拾えるだろ、盗聴なり妨害なりすればいい』
「でも安藤さーん、あの女、ああ見えてRTSのブローカーやってた女っすよー?このシチュエーションで偽の携帯用意してるくらいですからねー。もしかしたら呼び出した時の会話録音してホテルの部屋に置いてきたんじゃないですか?そしたら警察にばれますねー」
『まさか、考え過ぎだ。仮にそうだとしても、我々の動きに変更はない。予定通りだ、邪魔されることはない』
安藤はそう言いながら、煙草を吹かしている。テツはその様子を窓から眺めながら、パソコンのキーボードを叩く。
「野矢美佐子、油断できない女ですねー。僕たちが目的果たすまで息子さんに手を出さないと、踏んでのことでしょーきっと。しかし本当に荷物の行方、知ってますかねー」
『五十嵐さんは、野矢美佐子が知っていると踏んでいる。あの人の考えなら、間違いない』
「・・・それはそうですねー。荷物、見つかるといいですねー。お、安藤さーん。野矢美佐子、電車に乗りましたー。この後どうするんですかー?」
『野矢美佐子とは五十嵐さんが直接話す。俺たちは、二十三日夜の準備だ』
「リーカーとの取引ですかー?五十嵐さんが日本人初なんじゃないですか、リーカーと取引するのって。というか準備って何の準備ですかー?」
『どんな状況にも対応できるような、準備をするんだ。リーカーは、ただの犯罪者でもマフィアでもない。五十嵐さんもかなり慎重になっているみたいだ』
「へー、あの五十嵐さんがー」
声を遮るかのように、プリンセスホテル前道路には、数台の警察車両が停められる。
「何だか慌ただしいですねー。野矢美佐子絡みですかねー」
『そうだろうな。既に新宿を出ているから、もはや気にする必要はないだろう。テツはこのまま複数回線の準備と、野矢美佐子の遠隔監視だ。時間があるから、俺は少しぶらついてくる。19時くらいに、花田神社の下見に弟が来るぞ。それまでには戻る。野矢美佐子が横浜に着いたら、連絡をくれ』
「はーい。にしても暇ですねー」
テツはパソコンに映る発信機の動きと、目の前で警察が通行止めを準備しようとしている様子を眺めながら、そう呟いた。
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