第十章 黒犬

第一話 先触れ

 とあるお屋敷


 そのお屋敷の前に一匹の黒い大きい洋犬がいた。


 その屋敷の主は会合があるといって外に出た、そして戻らなかった。


 事故にあったのである、会合の帰りに馬車に轢かれたのであった。



 そうして、何件か似たような、事故が起きた。


 警察はそれぞれを、別の事故として扱っていた。


 が、そうでないというものもいた、犬の歯形がもれなく、付いていたからであった。


 だが、犠牲者に因果関係は無かったのである。


 そして数日が過ぎ、また事故が数件起きた。


 それぞれ違う場所、違う人が事故に合って、帰れたり帰れなかったりしたのだ。


 帰れたものは、たまたま運が良かっただけ、であった。


 帰れなくて死んだ者は、また例外なく犬の歯形が付いていた。



 とある街角


 担ぎ屋台を、男が道の小脇に持って来て、置いた。


 するとどこかの女中がやって来て、弁当箱を買って行くのだ。


 男が声を上げたわけではない、自然と人が集まるのだ。


 しかも大金である、一円、五円、十円、二十円と看板には書いてある。


 さらにはその看板は、内向きに付いているのだ。


 まるで見られては困る、というように。


 一通り売り切った男は、担ぎ屋台を畳み、そっと移動していった。



 警察署


 警察の中では意見が分かれていた、偶然だとする意見と、それは呪いに違いないという意見である。


 呪いだとして何の呪いか? という答えに対し、答えられたものは居なかった。


 ただ偶然にしては不可解すぎる、と署長はいった。


 その通りだったが、誰も答えられなかった。



 そして一週間後また同じ事故が、数多く上がったのであった。


 死んだ者もまた同様に出た。


 検分の結果、その事故での死因以外に、犬の歯形が付いていたのである。


 さすがに、三度目にもなって、これを無視する者は現れなかった。


 犬を飼っていない家の死人にも、歯型が付いていたのであるから。


 そして全ての物証から、同一犬と判明したのである。


 少々大きめの犬ではあるが、和犬では無さそうであった。


 洋犬というに、相応しかったのである。


 誰かがいった、犬神では? と、確かにそういう蟲毒は存在する。


 だが何十年も前に禁止されている、ハズで合った。



 そしてさらに踏み込んで調べるうちに、その死亡する前日に、玄関に大きな黒い洋犬がいたということをその死亡者全てがいっていた、というものであった、だが家族や使用人には見えなかったそうである。


 それが件の犬神では無いのか? と警察は結論付けた。


 そしてもう一つ、例外なく全ての確認できる死亡者たちは、胸や足や手の痛みを訴えたり、急に肩をゆすったり、犬のように吠えたりしたそうであり、また死ぬ直前までには全ての者が、恐ろしく大食になっていたそうなのである。


 昔の症例にそういうものがあり、それを犬神憑きと呼んでいた、というところまでは警察でも調べられた。


 だが、どこで何をどうやって、その知識を仕入れたのかというところが不明であり、そう何度も起こるものなのか? というところに焦点がいったのであった。


 そしてそれをするには、犯人がいるのであるが、無差別殺人だとは思えないのであった。


 だが犯人探しをしても、犯人が見つからないのであった。


 しらを切りとおしているだけかもしれないのだが、確たる証拠がなかったのだ。


 だが死亡者に恨みを持つものというのは、数人づつ挙がって来たのである。


 しかし誰が犯人、ということもできない状況であった。



 鳳高等女学院 薫


 ちょっと前は無かったが、最近やけに狙われる、そう思って私は呪いを、静かに曼荼羅マントラを唱え、呪詛返しの法を持って叩き返した。


 軽い呪詛だが、舐めていると、不意を襲われて死ぬこともある、そういう呪詛だ。


 だが私には返すことしかできない、呪詛を叩き潰したり祓ったりすることはできないのだ。


 それを使った自身を憎むといい、と思って教室側を向いた。



 御霊神宮 美空


「お祓いをお願いしたいのです、黒い犬が、黒い犬が私を睨むのです」と参拝してこられた方がそういった。


「私にしか見えてないようで、家の者は不審がるのですが、私にはそこに、大きな黒い洋犬がいるようにしか見えないのです。どうかお祓いを、お願いします」とすがるのだ。


 これは一大事かと思ったがとりあえずお祓いのできる人に取り次ぐこととした。


 丁度手が空いていた、権宮司ごんぐうじ安岐山あきやまさんに引き継いだのであった。


 大きな黒い犬、洋犬、見えない……と、ふと不思議なものを感じたが、私は見ても見えないのであろう、と思った。


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