第六章 黒蛟

第一話 淵

 とある淵


 小さな社があった、だがそこに賽銭泥棒が入ったのだ。


 社は荒らされ、金目のものは持ち去られた。


 淵から、黒い蛟が飛び上がった。


 天を駆け黒雲を作り豪雨を降らせた、河は氾濫し危険な状態になった。



 とある淵 美空/に組の皆・京志郎警部


 原因はあったが、何が原因かすぐには分からなかった。


 私たちは姫からの勅命で動いた、淵にたどり着き波賀はが京志郎きょうしろう警部に応援を要請した。


 売り物のほうで足がつき、そこから犯人が割れた。


 当然全てのものを取り返させた、宮大工に依頼し淵の小さな社の復旧を依頼した。


 晴乞はれごいの祈祷の神楽舞をする、管理する者がいなくなって久しい社で後を継ぐ者も出なかった社であるからして誰かが舞わねばならない。


 天候操作はできなくもないが、力業ではなく神楽舞で治めないといけないのだ。


 かなり緊張する、それは仕方がない。


 皆にはしも座で、待機してもらうようにしている。


 最悪の場合戻ってきた、怒っている蛟とぶつかる可能性がある。


 最悪の状況を想定して、皆で来ているだけなのだ。


 治まらなかった場合の、ストッパーとして私たちがいるのだった。


 凄く切なく、やるせなかった。


 淵に治まってくれればいいが、と思いつつ舞う。


 そして黒雲が接近してきた、蛟を刺激しないように。


 蛟の気もそれなりに、ブレルものであるからして。


 治まらない可能性があるのだ、それは最悪避けたかった。


 だが蛟の観察眼もまた鋭く、不機嫌手前であった。


 社は新しく直された、モノも全て戻っている。


 不機嫌になる要素はまだあるが、時が無かったのだ。


 致し方なかった。


 殴り合いになれば双方が傷つく、それを避けたかった。


 お互いに、良くないのだ。


 機嫌を取るといえばおかしいが、祈祷の神楽舞によって気勢を削ぐことはできて来ていた。


 祈祷の舞は、祈りに近いといえば分かりやすいだろうか。


 蛟は水神だといって、おかしくない妖魔あやかしなのだ。


 この方法で、治められれば、それに越したことはない。


 しかも一方的なのは人の方なのだ、これで静まってくれと願いながら、舞い続けた。



 とある淵 薫/に組の皆・京志郎警部


 美空さんが舞い始めた、黒雲が降りて来ていた。


 黒雲の中に、黒く鈍く光る大きい妖魔あやかしがいた。


 予想よりもはるかにデカい、こんなの私たちで相手に出来るのだろうか?


 美空さんは水神だといっていた、神といわれれば納得できる大きさだった。



 とある淵 紅葉/に組の皆・京志郎警部


 美空が少しアタシたちと少し離れ、踊り始めた。


 アタシには、舞と踊りの区別がつかない。


 黒雲が降りて来た、雲中にデカいやつがいた。


 誰であろうと敵になるなら、サイズは関係ない


 拳線を鈍らせたら、終わるのはこちらのほうだ。



 とある淵 みこと/に組の皆・京志郎警部


 美空が舞い始めた、願うような祈りの舞じゃ。


 あヤツの舞をこんなところで見られるとは、じゃが、今回の舞はやるせなさ満載じゃ。


 黒雲の中に隠れているものは、どんな思いでこの舞を眺めているのじゃろう。



 とある淵 吹雪/に組の皆・京志郎警部


 美空さんが、舞い始めた。


 すぐに黒雲が降りて来て、美空さんの周囲を漂い始める。


 確かに大きい。


 黒く鈍く光る鱗を持ち大木の幹よりも太い胴を持つ黒蛟、水神というのも納得だ。


 こいつを相手にどう戦うかも考えながら、舞が静かに終わるのを待つしかないのだ。


 舞が終わっても鎮まっていなければ、戦闘で鎮めるしかない。


 出来れば、それはしたくなかった。


 神の名を持つものに挑んでも、勝ち目は薄いからだ。



 とある淵 美空/に組の皆・京志郎警部


 舞がもうすぐ尽きる、祈りを込めながらその指先にまで霊力ちからを漲みなぎらせ舞う。


 最後までちからと礼は欠かさない、それが祈祷だからだ。


 舞が終わった、黒蛟が目の前にいた。


 もうその瞳には狂気は湛たたえていない。


 瞳がもう一度舞を舞ってくれといっているようだった。


 鎮魂の舞を舞うことにする、私は舞の数が普通の巫女よりも遥かに多い、神子だからだ。



 とある淵 薫/に組の皆・京志郎警部


 美空さんが再び舞い始めた、上手くいっていることの証なのだろう。


 私は法具からそっと手を離した。



 とある淵 紅葉/に組の皆・京志郎警部


 美空が再び踊り始めた、上手くいっているのか? そう思えた、闘気が鎮まっている。


 アタシは拳を緩めた。



 とある淵 みこと/に組の皆・京志郎警部


 美空が再び舞い始めた、今度も舞の種類が違う様じゃ。


 黒雲の中に居たモノが、姿を現している。


 気持ちが鎮まったようで、舞を再び見たいと催促したのじゃろうと思えた。



 とある淵 吹雪/に組の皆・京志郎警部


 美空さんが、二度目の舞を舞い始めた。


 さっきのとパターンが違うようだ、別の舞なのだろう。


 怒気のようなものは、もう感じない。


 私は、いや我々はあのモノとは戦わずに済むようだ。


 私は、銃に掛けていた手を元に戻した。

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