第四章 雷獣

第一話 雷雲

 御霊神宮 美空


 その日は朝から雨模様だった、空を見れば黒雲が渦を巻いている。


 とかく今日は、大雨暴風の日である。


 雷雲もいるのかゴロゴロと空雷が、鳴り響きっぱなしである。


 雨戸を下ろしたり閉めたりし風雨に備える、外は台風張りの天気模様だ。


 風雨は厳しいのであちこちの雨戸を下ろす準備をしていく、今日は男性陣も総出だ。


 そして私は見てしまうのだ、黒雲の雷雲の中にいるソイツを“ヒョーヒョー”と鳴くソイツを……。


 それは伝説の雷獣、ぬえだった。


 それ以外に、どう表現してよいのか、分からなかった。



 風祭探偵社 吹雪


「嵐か、厳しいな」と私がいった。


 鎧戸を全て下ろして窓をカバーする、だが閉める最中に見てしまった。


“ヒョーヒョー”と鳴く獣を、黒雲の中に。


「なぜアイツが」といったが、風雨でかき消されてしまった。



 町長屋 薫


 こんな日はお休みよね、といって欠席を決め込んだ。


 窓をしっかりと閉め風雨をシャットアウトする。


 普通の長屋だと、今ごろ大変なんだろうな、と思いつつ土蔵造りであることに、感謝してのんびりゴロゴロするのである。



 御霊神宮/社務所 美空


「こんな日だが、何かあっては困るので待機で頼む」とおさにいわれたのであった。


 だがさっきあんなものを見た後だ、真面に落ち着く方が難しかった。


 社務所は比較的しっかりとした構造をしているので、この程度の風雨にはびくともしないが、それ以外の文化財関係が怪しかった。


 かといって、鵺を見ましたなんていえるはずもない。


 私は珍しく表情が、怪しかった。



 御霊神宮/社務所 みこと


 こんな日でも、非常勤のわらわは、出なければいけなかった。


 学生連中が恨めしいわけではないが、吹き飛んでくるものもあるような日である。


 土蔵造りの町長屋にいたかったが、しかたあるまいお仕事じゃ。


 あちらこちらの戸を閉め雨戸を下ろし、片付いたら社務所で待機といわれた。


 違和感があった、いつも笑顔を絶やさないものが笑顔でないのじゃ。


 怒っていてとかそういう雰囲気ではない。


 じゃが、聞き出せそうになかった。


 そういう雰囲気では、無かったのじゃ。


 聞くに聞けない雰囲気を、まとっていた。


 手出し無用とでも、いうように。



 近衛高等女学院 紅葉


 こんな日はフケるに限るといいたいところだが、普通科は休みでも特殊科は休みではない。


 警報が出ようが雹が降ろうが槍が降ろうが、何があろうが授業があるのだ。


 それが特殊科である、という理由ともいえた。


 そういう意味では薫が羨ましかった、だがアタシにはここしか選べる道が無かったのだ。


 学費免除の代わりに特殊技能を修め検非違使となること、それが定められているのが特殊科だ。


 だから近衛の名で、特殊なんて名を冠するのだ。



 町長屋 薫・大家(琴音)


 雷が近くに落ちた、響くのと同時に電気が消えた。


 真っ暗闇である、幸い暗視は慣れているからいいようなものの。


 だが異様な気配がする、この気配は妖魔あやかしだ。


 周囲が異様に暗い黒雲の中にいるようだ、外はまだ防風が吹いている風の音がするのだ。


 大家のお婆さんの悲鳴が聞こえた、不味い!


 だが今は私しかいない、闇を払う術もない。


 五鈷鈴なら近くにある、そう思って手を伸ばした。


 五鈷鈴に手が届いた、五鈷鈴の鈴を使う結界を張るのだ!


 広域に該当する術はあまり多く使えない、唯一結界くらいまでなら五鈷鈴を使えばできるのだ。


 まずは人命優先! 結界のマントラを唱える、そして鈴を鳴らす。


 周囲から暗雲が退いた、これそのものが妖魔!


 お婆様の元に急ぐ、今は私しかいないはずだから責任重大だ!


 “ヒョーヒョー”と鳴く妖魔がそこにいた鵺だ、お婆様はすでにしりもちをついて腰を抜かしていると思われた。


 間に割り込んで、五鈷鈴の剣のほうを伸ばした。


 さすがに鵺、体躯が大きい。


 だが周りにまとう闇のせいで、しっかりとした全体像を捉えられない。


 だが剣に霊力を流し込んで、剣自体を発光させる。


 暗闇の中、鵺と対峙する。


 明らかに不利だ、だがやるしかない。

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