第7話 権力と暴力

権力とは何かという問いに対する答えは一つではない。スティーヴン・ルークスによれば、「Aという主体がBに何かをさせる一次元的な権力。 さらに、Aが複数化する二次元的な権力。そして、AがBを洗脳し、もはやBからはAの存在が認識できなくなる三次元的な権力」に分類される。私たちには権 力の存在が見えているのか。これは重要な問いかけである。


また、フーコーは、権力はあらゆる人間関係の中に権力は存在し、それは上からではなく下から発生するのだと言う。このような権力の性質についてここでは論じない。これは、国家といった大文字の権力ではなく小文字の権力だからだ。 ここで論じるのは大文字の権力だ。


権力の最大の特性は、それが正当な暴力を独占しているという点にある。これこそが近代国民国家の持つ権力の本質である。ここで言う暴力とは、もちろん警察力と軍事力のことだ。犯罪や、あるいは「悪」に対する暴力は、法律がこれを認める。したがって、権力が資本やメディアの中に認められるとしても、権力の根幹は国家でしかない、ということになる。


しかしながら、ネグリとハートによるならば、東西冷戦の終結以降、つまり1990年代になって国家の権力は弱体化し、替わって登場するのが、国家のネットワークとしての権力<帝国>なのだと言う。国家を超えた権力の登場。私たちはそういう時代にいるらしい。問題は国際法でも人道的見地でもなく、「グローバル秩序」になったのだと彼らは指摘する。そして、戦争は例外的状況ではなく日常的状況になったのだと。さらに、現代の戦争では強者と弱者の力関係は明白であり、強者の側は戦死者を出さないという目標すら立てているのだ。権力も、そして戦争も、新しい状況に突入している。


そもそも、権力と私たちはいかなる関係にあるのだろうか。正常な関係とは、服従と依存だろう。一定の服従の代わりに、安全や秩序、効率や豊 かさ、安心や平和を得ること。そうでなければ、私たちは権力を認めない。そのような状況では、権力に対する抵抗や反発、嫌悪、敵意が充満する一方で、権力 は恐怖を与える。問題は権力そのものではなく、権力のあり方なのではないのか。アナーキズムは理論的には理想かもしれないが、まったく現実的ではない。


権力を求めることは、自らの優位性を一時的なものから長期的なものへ、さらには世代を超えた永続的なものにしたいという意思を持つことだ。 幸いなことか、不幸なことかは別として、現代社会はそれを可能にする要素に満ち溢れている。何と言っても、富は蓄積し相続することが可能であるばかりか、 増殖させることが出来る。現代において富は権力そのものと言っても良い。権力は多くの欲求と欲望を満たす道具である。


私たちはもはや、権力なしでは、ろくな暮らしは出来ないと考えている。いや、実際に権力に依存しなくては生きられないような社会になってい る。そして、より良い社会とは、さらに全面的に権力に依存していれば良い社会なのだとすら考えている。それは恐らく幻想なのだが、それが幻想だと考える時 間が与えられることはない。そんな事を言い出すと、「難しいことを考えてないで、もっと楽しみましょうよ」と諭される。今や、欲望や快楽を追求することは 社会によって推奨されている。少なくとも、考えることよりは。


前にも書いた通り、権力の最大の特性は暴力を正当に行使できるという点にある。暴力。それに対してはいろいろな見方がある。暴力を人間存在 の本質と見る哲学者もいれば、暴力を非正常な状態と見る哲学者もいる。さらには、暴力を聖なるものとする哲学者もいる。しかし、私はこのような解釈の方法 自体に疑問を持つ。そもそも、この点について普遍的な人間の本質などというものが存在しうるだろうか、と考えるからだ。暴力を好む者もいれば、嫌う者もい る。単なる嗜好とか性質の問題ではないのだろうか。


暴力は、それが手段であるというだけではなく、それ自体が目的であるという場合もある。手段であるならば代替案が存在するだろうが、目的であるならば代替はない。では、暴力それ自体が目的になるとは、どういうことなのか。


権力や暴力に限らず、力というものには魔性が宿る。力が強大であればあるほど、その力には魔力が備わる。人はそこに、崇高なものや、神聖なものを見い出してしまう。それは容易に善悪を超える。理性はまず、この魔力と戦わなければならない。そして、私たちが権力というものに、すなわち暴力の構造に組み込まれた主体であることを自覚しなければいけない。


多くの人が権力の腐敗や不正を非難しながらも、権力に対する尊敬と恭順を示す。それが、本音である場合もあるし、打算である場合もあるだろう。権力は服従する者の狡さと卑しさを熟知している。魔力に流される時、魔力に呑みこまれた時、権力は暴力という牙を剥く。

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