最終話

「センパイは彼女に好きって伝えたことある?」


 好き。告白したかどうかであれば、してない。テストが終わるたびに二人っきりで会って、いろんな話をした。ほんとうにどうでもいいことばかりだったと思う。お互いの友達との話、先生の話、部活の話、勉強の話…。たまに将来の話もした。ただ、好きだとか、付き合おうとは一度も言ったことはなかった。ぼくはこれで満足だったし、関係を崩したくなかった。

「センパイは都合のいい解釈しすぎですよ」

 どういうことだ?

「彼女のこと何にも考えてなかったんですね」

「彼女はセンパイに好きって言ってもらいたかったんですよ」

 女神の言っていることがわからなかった。

「センパイは自分のことしか考えないで、ほんとうに彼女のこと好きだったんですか?」

 ほんとうに彼女のことが好きだったか? そんなこと聞かれたってわかるわけない。誰もどんな感情が「好き」かなんて教えてくれない。

「そんなあいまいな態度だから。そうやってなよなよして、自分のなかだけで思い詰めて、いかにも自分は彼女のこと考えてます、みたいにしてるくせに、連絡するわけでもなく、テスト前にならないと、って自分に言い聞かせて、デートの約束だけして、自分の余裕のある時だけ疑似恋愛みたいな事して、ずいぶん都合のいい男ですね。センパイは。」

 女神はまくしたてるように言ってきた。

「ま、うまくいかないから、恋なんですけどね。うまくいく恋もありますけど、それは恋なんですかね。うまくいかなくて、もがいてもがいて手に入るちっぽけなものなんですよね」

 女神は相変わらずニヤニヤ笑っていた。

「あー、面白かった。じゃ帰るね」

 言いたいことだけ言って満足したように女神は立ち上がって、スカートの砂を払い、すたすたと離れていく。

 好き勝手なことを言って帰ろうとする女神に、僕は思わずカッとなった。砂浜から立ち上がって、女神の肩をつかもうとした。その時、僕の手は空を切った。つかもうとしたものはそこにもうなかった。振り返って驚いた顔をするはずの女神は、もう目の前にはいなかった。

 世界が揺らぎ、膝から崩れ落ちる。本物だったのか。今の女子高生は本当に神様だったのか。

 神様は何も教えてくれなかった。神様のくせに。神様のくせに。

 砂浜には髪留めが落ちていた。神様がしていた、髪留めだ。

 拾ってみると、髪留めだけは温かかった。

 うまくいかないから、恋なのか。

 女神の言葉をかみしめてしまった。

 まったく何やってるんだろう僕は。

 涙が止まらなかった。ただ髪留めを抱きしめて泣いた。

 雲は夕日を浴びて、薄紅色に染まっていた。


 ***


「海、やっぱり行きたかったな」

 期末テスト最終日。いつもならどこかいく場所があるはずなのに、今日はない。羽を伸ばす場所をなくした少女は、自分の部屋のベットの上で、そうつぶやいた。

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冬の海と神様 緑風渚 @midorikaze

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