第8話 見慣れない朝ご飯
「Dブロックをローテーションで…はい、分かりました!」
「ほんじゃお願いねー!」
チャリアス様は休憩所から出ていった。
「ちょっとガルシア…俺ら面倒ごと押し付けられてんだぜ? それなのになんでそんなに楽しそうなんだよ」
ラミーはまたもや机に突っ伏し、頭を抱えながら聞いてきた。
「別に〜? 大した理由じゃねぇよ」
★ ★ ★
8時20分。断末魔のような目覚まし時計の音により、隣で眠る栞里さんが起きた。
「ごめんね与羽ちゃん。起こしちゃった?」
「いや…起きるに決まってますやん…」
獄人は人間同様、朝起きて働きに出る。
労働の内容はというと、めちゃくちゃ重い岩を運んだり、めちゃくちゃデカいハンドルを2人がかりで回したり…というようなことはせず、極めて生前の仕事に近いスケジュールとなっているようだ。ちなみに住居に関しても生前に模しており、栞里さんは生前、やはりアパートに住んでいたのだという。
「せっかくだし、与羽ちゃんの分の朝ご飯も作るね」
「いいんですか? ありがとうございます」
私が生きていた頃に食べていた朝ご飯はもっぱら菓子パンだ。ほかほかの白米や、あったかい味噌汁なんてものは理想でしかない。
朝ご飯ができるまでの間、私はベランダに出て外を眺めたり、伸びをしたりしていた。
なんて爽やかな朝だろう…夕暮れのように赤い空、キッチンから漂う不思議な匂い…
「ゴルぁ! はよ起きんかい!」お隣さんの元気なご挨拶…
それにしてもあのムンクみたいな顔をした目覚まし時計、なんとかならないのだろうか…うるさくて仕方がない。
「ご飯できたよー! 運ぶの手伝ってー」
栞里さんは普段、自分の寝室で食べているらしいので、どんな朝ご飯ができたのかと思いキッチンに向かった。
「これは…」
ご飯と味噌汁、ウィンナーと目玉焼き…
朝ご飯としてはなんの違和感もない献立だが、これはあくまで代替品らしい。
「栞里さん…この青いのって…」
「ご飯よ。精神的に参るわよね」
どんな言葉遊びだよ。
「そんでこれは…味噌汁?」
「…的なやつね。ウィヨランピのうろこを豆腐に、モビラをわかめの代わりにしたの!」
茶色い汁だから液体としては近い。なんとかランピとモスラ? も白と緑だ。
「ウィンナーみたいなのもありますね」
「不思議よね。トンツァーの毒を上手く抜いたら食べられる肉になるなんて! それをヒッパクの腸に詰めるんだって。似てるね」
似てる…のかな?
「これは目玉焼き…ってことなのかな?」
「うん。なんの卵かはよくわかんないけど、ニワトリの卵と大差ないよね! うん」
大差ないわけあるか。白身が黄色で、黄身が白いんだぞ? 逆転してるんだぞ?
「…まぁ、ご飯が青いのと、ウィヨランピのうろこの食感さえ我慢してくれれば…」
「…とりあえず、いただきます」
私は恐る恐るご飯を口にした。どうやら見た目以外は普通のようだ。味はちゃんと白米。
味噌汁も、ランピの食感は確かに独特だけど食べられないことはない。
ウィンナーと目玉焼きにいたっては本来のそれと味は変わらなかった。
「…おいしかった。ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」
ビジュアルこそ異国(というより地獄だが)情緒で溢れているものの、意外にも問題なく食べられた。
ここで私は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あの…私たちって死んでるじゃないですか? なんで普通にお腹が空くんですか?」
「うーん…私も詳しいことは分からないな。多分だけど、地獄のお仕置きとしてお腹が空くんじゃないかな?」
座布団の上で体育座りをして話す栞里さん。
「お仕置きとしてお腹が空くってどういうことですか? 空腹こそ地獄! みたいな?」
「うん。死んだら飲み食いする必要がなくなるのかと思いきや、実は地獄に落ちたら普通にお腹が空く…そして食べるためには働かなきゃいけない…それがお仕置きというか、試練なんだと思う」
「空腹がお仕置きで、試練…?」
「多分ね、多分だけどね」
私はその意見も一理あると思った。食べて生き延びる、ただそれだけのために働かなきゃいけない。
地獄のペナルティとしては地味だけど、ジワジワと内側から攻めてくるというか…
「てか、空腹がペナルティなんだとしたら、生きてる頃も常にペナルティを課せられてたことになりません?」
「…あ、確かに! まさに生き地獄だね!」
やかましいわ。
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