家族と

 ステラは自身の身だしなみを最低限整えた後、ステラの憶えている事や、ゲームの事を思い出しながら思考を続け、階下へと降りてリビングへと向かう。

 高い天井に長い廊下。質の良いインテリアに綺麗な絵画。住む人間が少なすぎる為、最早商品の物置となっている多くの部屋。前世であれば、こんなに大きな家に住む事はおろか、足を踏み入れたことだってない。家の中だと言うのにも関わらず景色に圧倒されながらも、ゆっくりと目的地へと進んでいく。


 この家に住むようになったのは、父が貴族としての位を頂いてからだ。それまでは平民と呼ばれる人たちとあまり変わらない家に住んでいたので、未だにその広さに困惑する事もある。勿論、貴族の住む豪邸というには他と比べた時、いささかこじんまりはしているだろうが、一般的な家族が住む家としては上等すぎるものであり、住み始めてから2年程経つが、ここまで広い空間だと気後れしてしまう部分だってある。


 しかし、貴族になったからといって、生活自体はあまり変わらない。

 商人である父、カール・マーガレットは商売から手を引く様子は一切なく、それどころか名を上げたことで更に大きく手を広げ、豪商の一人として数えられる程になっている。

 主婦である母、アンゼリカ・マーガレットは家事を続けており、特に料理は他に任せる事がない。使用人自体は何人か雇っており、本来の貴族であるならば全て任せてこそという面もあろうが、庶民の出であればそんなしきたりは気にすることはなく、むしろ使用人から仕事を奪う勢いで母は身の回りの事を自身でする。

 ステラやリリーも以前と変わることはなく、他の子どもの様に遊びながらも父の仕事である商売や、それに関わる製品や人物の勉強等を行っている。

 とはいえ、貴族は貴族。

 対外に向けてのしきたりはマナーという意味でも必要になる為、疎かにすることはなく、少しずつではあるが知識として吸収し続けている。貴族というものは面倒だと辟易する反面、対外に気を遣うという事はすなわちお洒落に力を入れるという事でもあるので、自身が綺麗になることが好きなステラにとってはなんだかんだ楽しめるものとなっていたようだ。

 だからこそ、という訳ではないだろうが、今のステラの顔は外に見せられるものではなく、それを見た母が目を見開くのも無理はないだろう。


「ステラ!?どうしたのその顔!?眼も真っ赤だし、具合でも悪いの!?」


 リリーと母が朝食の準備をしている所を手伝おうとステラがキッチンへ入った時、すぐさま容態について指摘を受けた。

 身だしなみを整えたとはいえ最低限。この世界にロクな化粧品などなく、乱れた髪を直す事はできても目の下の隈を誤魔化すには時間が足りず、幽霊のような気味悪さはなくなっているものの、それでも正常とは程遠い。

 母の後ろで同調するように頷いているリリーも、先ほどのやり取りだけでは納得をしていなかったようで、サラダを盛り付ける為に使っていたトングを置くと、隣に駆け寄ってきて手を握り、ステラを見上げる。


「お母さん、大丈夫。ちょっと寝れなくて、寝不足になっただけだから・・・」

「寝不足って・・・。無理しちゃダメよ?もう少しで10歳とはいえ、まだまだ子供なんだから」

「うん。リリーも、大丈夫だから」

「ダメ。休んで」


 母親であるアンゼリカに言い訳をしながら、リリーに同じように自身の無事を伝える。

 しかし、普段は素直に姉の言う事を聞くリリーだが、身だしなみを整えたはずのステラがあまりにも普段と違う顔色をしている為、流石に我慢できずに姉の言葉を拒絶する。

 アンゼリカもそれに同調し、ステラの肩を掴んで周り右をさせ、来た道を帰るようにそっと背中を押す。


「そうね。先に食卓へ行ってなさい。すぐに朝食になるから」

「でも・・・」

「リリー。ステラを食卓まで連れて行ってあげて。今日は貴女がお姉ちゃんよ」

「うん・・・!ステラ、おねぇちゃんに着いてきて・・・!」

「はぁ・・・。分かったわ、お姉ちゃん」


 双子だからこそ明確な姉妹の優先順位はなく、時たまこうして姉妹が逆転する。あまり表情に変化がないものの、足取り軽くステラの手を引くリリーは、いつもと立場が逆転している今の状況を楽しんでいるようだ。まぁ、すぐに妹のポジションへと戻るのだが。

 こなってしまっては逆らっても仕方がないと理解している為、リリーにされるがままに手を引かれてキッチンを後にする。


 リリーに連れられそのまま食卓へと連れられたステラは、いつも使っている椅子へと座って身体を休める。普段のステラから外れた行動をあまりしたくはないのだが、とはいえ、これから先の事を考えたらそんなことは気にしてられなくなるだろう。

 それに、心なしか嬉しそうにしているリリーを見ていると、細かい事はあまり気にしなくなる。前世では妹どころか弟すらいなかったが、こうして傍を着いてくるのを見ると、とても可愛らしいと思ってしまう。


「困ったことがあったら、おねぇちゃんに言うんだよ?」

「ありがとう。頼りになるお姉ちゃんがいてくれて嬉しいわ」

「えへへ」


 しばらくしてステラの父であるカールも起床した事で家族全員が揃い、一家団欒といったリビング。他の家族同様にステラを心配する一幕がありつつも、先ほど調理されていた品々がテーブルの上に並べられたことで朝食の合図となる。本日のメニューは焼きたてのパンに野菜沢山のクリームシチューだ。

 どれも商人という立場から取り寄せ、高級品でなくとも素材の良い物を選んでおり、腕の良いマーガレットの手によって商売としても成り立つような、満足のいく出来上がりとなっている。

 そんな見るからにおいしそうで食欲のそそられる食事だが、ステラは目の前のシチューに入る食材に手を付けられず躊躇していた。人参に玉ねぎ、ジャガイモにブロッコリー。色取り取りの見慣れた食材の中には、どうしても前世の記憶のせいで震えが止まらなくなるものがあり、他の食べ物にすら手が付けられない。

 そう、キノコだ。


「ステラ。好き嫌いはダメよ?」

「う、うん・・・」

「ステラ。キノコは嫌いだったか?」

「そんなことはないの。そんなことは・・・」


 いつまで経っても具材に手を付けないステラを見かねて、両親が声を掛ける。特定の食材に手を付けない理由など嫌い以外の理由は見つからないだろうが、ステラにとっては前世の死因となった、嫌いという言葉だけでは片づけられないものだ。

 ステラは調理された後の菌類を忌々しく見つめながら、両親からの声に応答して心に問いかける。


 そう、別に嫌いではないのだ。前世でも今世でも普通に食べていた。あくまで前世の思慮の浅さからくる死因が苦い思い出として残っているだけであり、これを食べたところでどうにかなるものでもない。仮に毒があったとしても、ステラという少女の身体はどうともならない事を知っている。だから問題ない。この程度は自分の敵ではない。


「おねぇちゃんが食べてあげよっか?」

「いえ、大丈夫よ、リリー。ちゃんと食べられるもの」


 覚悟を決めてフォークで口の中へとキノコを運び、ゆっくりと噛みしめて味わう。弾力のある特有の食感は死ぬ間際を彷彿とさせてくるが、シチューとして整えられた味と暖かな食事は空腹に染み渡っていき、じきに悲痛な思い出は薄れていき、そんなことすら忘れてしまう。口の中でゆっくりと咀嚼ししっかりと飲み込んでしまえば、後に残る思いは、もう何年も満腹になっていないという魂の叫びだけだった。

 パンを手に取りシチューと合わせて一緒に食べる。沢山の野菜を心行くまで食べられる。空腹が満たされてゆく。

 先ほどまで感じていた暗雲を吹き飛ばすくらい、ステラは目の前の食事に夢中になる。


 朝から不調そうなステラの様子を心配そうに見つめていた家族は、おいしそうに食事を勧める姿を見て安心すると、歓談を交えながらそれぞれの食事へと手を付けてゆく。

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