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とある荒廃した大きな建物があった。元々は煌びやかであり、美術作品とまで評されていたはずのそこは見る影もなく、今はただ、騒乱の跡地の様に無残な姿を晒していた。その周囲を守るようにそびえていた建造物群も崩れ落ちて廃墟となってしまい、痛々しさを際立てるオブジェとしての役割しか残されていなかった。
そんな、今の荒んだ時代を象徴するかのような場所で、二人の人物が面と向き合い対峙している。
一人は短い銀に輝く髪を無造作に跳ねさせている少年。両手で持つ大きな剣を構え、傷跡が残りながらも頑丈さの伺える、しっかりとした造りの鎧に身を包んでいる。破損した小手の隙間から見える右腕からは白く輝く紋章が見え、淀んだ闇を討ち払うかのように光を放っており、それに負けないくらい、眼には強い意志を宿している。
対峙するのは長くくすんだ金の髪を大きく乱した少女。肌の所々から黒い線が引かれたように歪な紋章を宿しており、纏うドレスはまるでボロ切れのように頼りない。光を失った瞳からは負の感情しか読み取れず、少年を見ているようで焦点が合っていない姿からは、最早生気と呼べるようなものは欠片しか残されていない。
まるでゴーストのように姿を変えてしまった同級生に掛ける言葉はないかと模索し、少年は乱れた息を整えて声を上げる。
「ステラ・・・本当に君がこんなことを・・・!」
「来てしまったのね、――――。貴方には、こんな姿見られたくなかったわ」
少年の声に反応して、ステラと呼ばれた少女は俯き気味だった頭をわずかに上げるが、そこから発せられる言葉は冷たく、薄気味悪さすら感じる。
少女は大きな罪を犯した。少女のせいで大勢の人間が苦しみ、死に、そしてこの国までも破滅へと追い込んだ。
初めの兆候はささやかなものだった。ロクな保護をされず、行く当てもない浮浪者がおかしな行動をし始め、次に暗黒街をまとめ上げていた無法者達が狂い始めた。無法者共には無法者のルールがあり、それを黙認する事で国を支えていた部分もあったのだが、タガが外れ、最低限の秩序やルールすらなくなってしまった彼らは、何者かに操られているのではないかと思うくらい正気を失っていた。そんな奴らからはまっとうな情報を得ることが出来ず、それは単なるスラムの反乱として鎮圧されようとしていた。しかし事はそう単純に終わる事がなく、その狂気染みた混乱が一般市民にまで及び始めた。事態の深刻さに気づいた時にはすでに遅く、まるで毒に浸食されるかのように末端から中央まで、徐々に腐り落ちていった。
最早滅びたと言っても過言ではないこの国は、常に毒の瘴気が漂い続ける土地に変貌してしまい、逃げ遅れてしまった人々は皆等しく、彼女の家族と同じようにその毒によって命を絶たれた。
全ては彼女の復讐の為に。
「もう、こんなことは辞めるんだ!このままでは、何もかも失うことになるぞ!」
「無理よ。もう私は、戻れない所まで来てしまったもの。貴方も覚悟を決めてここまで来たのでしょう?なら、御託は結構。話し合いなんて無駄でしかないわ」
少年は重ねて少女に呼びかけるが、その言葉は少女には届かず、取り付く島もない。
少年の知る彼女は、もっと聡明であった。辛い過去に苛まれ、人嫌いであった彼女は、それでも前に進もうと努力をしていたはずだ。
しかし、王国が力を付け始めてから、彼女は変わってしまった。少しづつ付き合いが悪くなり、行方をくらまし、次に彼女の居場所を掴んだ時はこんなことになってしまっていた。
「どうしてこんなことを・・・。君は、あんなにも優しい子だったじゃないか!こんなことしたって、何にもならないじゃないか・・・!」
「知ったような口を聞かないで!!私は、家族が死んだあの時から、全てに捨てられ、全てが敵になったあの時から、優しさなんて一切捨てた!貴方が知ってる私は、ただの幻想でしかないわ!」
少女の目に狂気が孕み、感情が一瞬で爆発する。
少女の感情が荒むと大気も荒れ、淀んだ空気が塊となってこの場を圧迫する。息苦しさと重圧に建物も揺れ、少女の持つ力の強さが強大なものである事を指し示す。
普通ではない方法で、普通ではない姿になり、普通ではない力を。
「ステラ!!」
「貴方なら私を助けてくれると思った。同じように家族を失った貴方ならば、私の心の穴を埋めてくれると思った。でも、間違いだったわ。貴方はあんな奴らの味方をし続ける。それなら、貴女も私の敵。私は今までもこれからも、死ぬまでずっと一人よ」
少女が捧げた覚悟が、少年に牙を剥く。
――――が剣をステラの腹部へと突き刺す。背中を勢いよく飛び出た刃は鮮やかな深紅に染められており、辺りに飛び散った飛沫がまるで花畑の様に彩り上げる。突き刺した剣を抜けば、後は流れ落ちる小川のように堰き止める者はなく、段々と失われていく体温と鼓動からは生命の喪失を感じ取れる。
確実に致命傷だろう。
「お父さん、お母さん。こんな不出来な娘でごめんなさい。すぐにそっちにいくから、だから、目一杯叱って頂戴・・・。リリー・・・私の最愛の妹・・・。みっともなく足掻いて、結局何もできなかった、情けないお姉ちゃんでごめんね・・・。でも、またこれで一緒に暮らせるわ・・・」
少女は脚から崩れ落ち、砕けた床上に横たわる。口から嗚咽と吐血を繰り返しながらも、少女はうわごとのよう言葉を紡ぐ。
自分がやってきたことは無駄なのか。
後悔だらけの人生は果たして正解だったのか。
呼吸に紛れた言葉はやがて何の意味もなさない音だけになり、そのうちに静寂が訪れる。彼女が流した鮮やかすぎる赤は徐々に変色し、まるで毒花のように禍々しく妖しい色へと移り替わる。
そして彼女は死んだ。
大きな力がぶつかったことにより、今にも崩れ落ちてしまいそうな建物の中。激闘を制した少年は、その場で一人佇み黙祷を捧げる。
先ほどまでは敵だった彼女だが、ほんの数年前までは確かに仲間として隣で一緒に戦っていた。袂を分かってしまったが、それでも彼女を無碍に扱うことは出来ない。
「ステラ・・・。君のしたことは許されないことだ。きっとこれから、君は大罪人として語り継がれるのだろう。だが、俺は君の無念を理解できる。だからこそ、これから同じような悲劇が繰り返されない様に、最善を尽くす事を約束しよう」
そう言い残すと、彼は建物を支えている大きな柱を斬り、建物の倒壊を加速させる。支えを失った天井は罅割れた部分が徐々に広がっていき、まばらに落ちてくる欠片がその先どうなるかを示している。
このまま彼女の遺体を残していたら、きっと多くの人々に嬲られる道具として使われるだろう。そうなってしまうのならばいっそ、この建物と共に過去にしてしまおう。
それが彼の出来る、彼女への手向けだ。
「さようなら、ステラ」
崩れ落ちる建物を背に、男は未来へと足を進める。
ここに悪鬼は討たれた。
世界に混乱を招き、国を一つ破滅へと追い込んだ悪女は、正義の前に倒れ、自ら滅ぼした国と共に朽ち果てた。
そして、救世の英雄が生まれた。
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