この世界で

「おねぇちゃん、おめめ赤いよ?目の下も真っ黒だよ?具合、悪いの・・・?」


 普段は口数が少なく、お人形みたいだとまで言われている妹のリリーが、ステラの姿を見て言葉少ないながらも心配そうに疑問を投げかける。

 病人を見るようなセリフだがそれもそうだろう。

 何せ、親愛なる姉がまるで幽鬼の様にくたびれた姿を晒しているのだ。病気か何かと疑う方が、正常な反応だろう。むしろ、距離を置こうとしないだけ優しさに溢れているとも言える。


 鏡で見た通り、自身が人を驚かせる姿をしていると自覚しているステラは、妹を心配させまいと落ち着かせた声で答える。


「ちょっと、目を擦りすぎちゃっただけよ」

「髪の毛、ぼさぼさだよ?」

「寝相が悪かったのよ。すぐに元に戻るわ。それより、リリー。貴女の寝相も直してあげるから、こっちにきなさい」

「うん・・・!」


 ステラが手招いて自身の前の椅子を揃えると、リリーは口に弧を描きながらそこに座る。感情の掴みにくい眠そうな表情を変えないまでも、左右に揺れる頭が彼女の内心を表している。

 ステラは少し跳ねた髪が揺れる後頭部を見つめながら、今まで自分がしていた日常の行動を思い出す。


(朝起きたら自分とリリーの身だしなみを整える。ステラである自分はお洒落好き・・・お洒落好き、ねぇ・・・)


 記憶の奥底を思い返したが、そこから出てきたあまりにも似合わない単語に眉を顰める。

 ゲームの中のステラはあれ程自身の容姿に気を遣った所を見せなかったのに、お洒落好きとはどういう事だろうか。しかも、自身が元々が男だったという事もあり、それを自覚してしまえば最早違和感しかない。こうして誰かの髪を整え、結ったりする事など一度もなかったし、お洒落に気を遣うことなどしなかった。そもそも、女のお洒落など欠片も理解がない。

 しかし、そういった思いとは裏腹に、日課としての行動は思考せずとも流れるように動いてくれ、慣れた手つきでリリーの髪を整えていく。ステラを真似して伸ばし続けた髪は膝近くまで成長を続けており、幼いリリー一人では手入れが出来ないくらいには手が届かないものとなってしまっているので、こうして姉であるステラが彼女のお化粧係となっている。

 ステラはそんな長すぎる髪を丁寧に纏め上げ、頭の両端で結び二つの耳を作ってあげる。ウサギの様に長い垂れ耳の完成だ。


「はい、おしまい。うん。今日も可愛いわよ、リリー」

「ありがとう、おねぇちゃん。おねぇちゃんも、髪、綺麗にしよ?」

「そうね。そうするわ」

「おねぇちゃん・・・?どうしたの?泣いてるの?」

「なんでもないわ。なんでもないの・・・」


 ステラは目の前に座るリリーを背中から強く抱きしめ、そのまましばらく身体を委ねる。突然の姉の行動に驚いたリリーは振り返ると、その眼に涙を浮かべている姉の顔が映るが、すぐに視界を遮られてしまう。


「おねぇちゃん・・・?」

「リリー。先に食堂に行ってなさい。お姉ちゃんはまだ身支度をしないとだから」

「大丈夫・・・?」

「えぇ、勿論大丈夫よ。良い子だから、お父さんとお母さんの元へいって言う事を聞いてきなさい。朝食の手伝いをしてきてあげて」

「・・・うん」


 リリーの頭を優しく撫でたステラは、その背中をそっと押してドアへと向けさせる。

 自分から離れていく姉の優しさに少し寂しさを感じたリリーだが、姉の言う事を忠実に守り、ドアを開けて家族の待つ階下へと向かう。


 一人残されたステラは腕に残る温もりを逃がさないように両腕で抱きしめ続けながら、化粧台に備えられた鏡に向かい、そのまま涙を流し続ける。唇を噛みしめ、手も皮膚を傷つけるくらい強く握っているが、その表情は悲しみと不安と、そして嬉しさと、様々なものによって乱されている。


「生きてる・・・。まだ、間に合う。なんとかできる・・・!」


 男の持っていた知識は、本来のステラには信じがたい内容だった。この世界がゲームであるという事は当然のことながら、自身の家族が故人になっている事など認めたくはなかった。

 だが、それがもし現実となってしまったら。

 男の知った未来と本来のステラの思考が混ざり合い、頭の中はぐちゃぐちゃになった感情で震えが止まらない。妄想だと切って捨てるには、あまりにも逃避がすぎる。


 だが救いはある。

 ゲームのステラは独りぼっちだったが、まだ家族を失っていない。ゲームはまだ始まっていない。未来は変えられる。


「絶対に、手放さない・・・!」


 涙で腫れた目に決意を宿しながら、ステラは鏡に映る自分を見つめ続ける。






 ストーリーの開始時、ステラ・マリーゴールドに家名はなく、ただのステラとしてゲームに登場する。優秀な人材が集められる学園に、主人公の同級生として肩を並べる事になる彼女はその時14歳であり、素質さえあれば年齢は関係ないという学園の方針の中でも、年少組と呼ばれるグループに位置していた。

 戦う上で重要なそれぞれの役割がある中、彼女の適正は魔法錬金と呼ばれる職業であり、パーティ仲間をサポートしたり、敵を妨害したりするアイテムを作り出すのを得意としていた。成長を重ねればより強力な回復、治療系のアイテムを産み出す事だ出来るようになるので、その為、直接的な戦闘には不向きであり、大体はアイテム作成を担当するお留守番役か、もしくは後方で待機する予備としての使い方が一般的だった。それぞれのキャラクターには独自の強味を持っており、彼女もまた例外ではなく、その特別な力を使えば最前線でも戦う事は出来るのだが、少々手間が掛かる上に無理に使う必要もない為、大体は腐らせて終わることになる。

 そういったこともあり、ステラというキャラクターの表面上だけ見たカタログスペックは、お世辞にも魅力的な物ではなかった。


 そんなプレイヤー達に衝撃を与えるのが彼女のストーリーだ。

 商人の娘として生まれた彼女は、王族への貢献をした父親の功績が認められたことにより貴族としての位を頂く。しかし、後継者問題や近年の情勢から貴族と王族の派閥争いが激化。それに巻き込まれた父親は中立という立場を貫こうとする。結果、商人の為あらゆるところに顔が広く、取り込めば優位に事を運べると父親を利用しようとした過激派の手によって家族が拉致され、脅迫を受けた父親は苦渋の決断を持って違法な取引を余儀なくされるが、あえなく御用となる。全ての罪を擦り付けられた父親はそのまま処刑台行き。残された家族も口封じの為に毒を盛られ殺害されるが、特別な力を持ったステラだけは生き残る。

 その後全ての事情が明らかになるも、一度決まった罪状を取り消すことは出来ず、また、余りにも大きな罪であることからのマリーゴールド家の取り潰しは避けられなかった。それでも情状酌量の余地ありという事で一家根絶とまではならず、たった一人残されたステラは、家名のないただのステラとしてそのまま生き残り続ける。


 ゲーム開始時点からその状態であるステラは中々に不幸な存在であるのだが、彼女のストーリーはそこが始まりに過ぎない。

 何故ならば、彼女はルートによっては主人公に立ちはだかる最後の敵に、所謂、ラスボスになるのだ。

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