ゲームの世界
あの後結局寝付くことは出来ず、もうすぐで家族みんなが起きる時間というところまで、ベッドの上で悩み続ける事となった。
ステラである自分にどうやってか男の思考が宿ったのか、もしくはあの男が本当の自分自身で、何らかの方法でステラという肉体に宿ったのか。はたまた、もっと別の何かなのか。
答えの出ない思考を繰り返しても頭が痛くなるだけであり、窓から差し込んでくる光の刺激が苛立ちを増長させる。
(このまま思考を続けても無駄ね・・・。とにかく、今は普段通りに過ごしましょう・・・)
頭を左右に振って一旦頭を切り替える。疑い続けても状況は良くならない。どちらにせよ、自分がステラであるという事には変わりないのだから、ならば、記憶の通りに生活するしかないだろう。
ベッドから這い出て一度背筋を伸ばし、何をするべきかを一旦考える。
(朝起きたら、まずは身だしなみを整える。それが日課だったはず・・・)
曖昧な表現になってしまうくらいには自分自身に疑いを持ってしまっているが、それを振り払いながらステラは近くの棚に備え付けられている鏡に映る自分を見返す。
普段ならば、そこに映っているのは母親譲りの綺麗な青の瞳だ。見つめていると深みに飲み込まれるような感覚さえ錯覚し、自分で言うのもなんだが、チャームポイントとしてはこれ以上ないものとなっている。父親譲りの黄金の髪は光に反射すれば輝きを増し、靡く姿はまるで稲穂の様だと褒められることだってある。欠点であると感じている鋭い眼もそこに合わさればワンポイントでしかなく、見たものにはかなりキツメの印象を与える表情は、むしろ大人びた印象を与える一助ともなっている。
全体的に見れば、整った容姿をしていると自負している。
しかし、今映っている姿はどうだろうか。
そこに映る表情は普段通りの鋭い眼で、相も変わらずこちらを睨んではいるが、その眼の下にはくっきりと隈が描かれ、乱れた髪が合わさったことによりまるでホラー映画に出てくる幽霊のような姿をしている。強いストレスや頭を抱えて考えていた時についた跡からくるものだろうと想像はつくが、問題はそこではない。
元々の容姿の面影はあるものの、暗さを大きく増したその姿は、どこか別の所で見覚えがある姿だった。
そう、あの夢で見た、男の記憶からくるものだ。
『ブレイブソウルファンタジー』というゲームがあった。
一般的にRPG――ロールプレイングゲーム、と呼ばれるジャンルのゲームであり、役割を持つキャラクターを操作して物語を紡いでいく、世界中で人気のあるジャンルのものだ。
とある事から孤児となってしまった主人公は特別な力を持つことで教会へと身を寄せることとなり、様々な問題を解決し最後には悪を滅ぼす、というのが大筋の王道ストーリーだ。
エンディングが複数ある、マルチエンディングが搭載されたこのゲームのストーリーは、主人公の行動によってかなりの分岐をしており、また、高性能なAIによるNPC達とのやり取りが人気を博していた。
記憶の中の男もこのゲームの愛好家であり、複数のエンディングを全て迎え全てを攻略しきり、他の魅力的なゲームに手を付けた後も頭の片隅へと残っており、時たま初心にかえるかのようにこのゲームを遊んでいた。
ステラ・マリーゴールドはブレイブソウルファンタジーで仲間にすることが出来、プレイヤーの操作が可能なプレイアブルキャラクターと呼ばれるものの一人だ。
いつも人を睨みつけるような鋭い眼と、何かに怒っているかのよう顰めた眉が特徴的であり、乱れた髪と深い隈が彼女の性格を表しているとも言える。その容姿から想像できる通り、彼女はかなり非社交的な性格をしており、抑揚や気迫のないダウナー的な喋り方も合わさって、人をあまり寄せ付けないという設定をしていた。
RPGというゲームの性質上、戦闘システムがこのゲームの主軸ともなっているのだが、キャラクターとしての性能はステータス面が全体的に低く、通常プレイでは可もなく不可もなくといった微妙な評価をしており、使い方を理解しなければ最低評価を頂くくらいには使いにくいキャラクターであった。
しかし、一線で戦い続けられる人気キャラクター達には劣るものの、その容姿や性格やストーリー、また通常プレイ以外の使い方から一定数のファンを獲得しており、かくいう男も、キャラクターとしての魅力は随一だと思っており、三指に入るくらいには好んで使用していた。
そう、好きなキャラクターではあるのだ。その性能も、ストーリーも、魅力的な部分は多岐に渡っており、「ブレイブソウルファンタジー」を語る上で彼女の存在は欠かせないものとなっている。
しかしそれは、ゲームの世界であるからこそだ。
自分が彼女になるなど、あり得ない。
「あはは・・・。これが、転生って奴なんでしょうね・・・」
ステラ・マリーゴールドがゲームの世界の住人であるならば、今の自分が何者かなど最早疑う余地もない。
転生。
生物が死に、生まれ変わる事だと捉えている。
一般的には宗教的な意味合いを持つそれが自分に起こるなどと、誰がそれを想像できるのだ。しかも、別の世界の、ゲームの世界の人間に、だ。自身がゲームキャラであるだなんて、どんな冗談なのだろうか。いや、正確にはそのゲームキャラに乗り移っただけなのかもしれないが、結局の所変わりはない。
こうなってしまえば嫌でも理解させられる。先程見ていたものは夢ではしょうも懲りなく新たな生を受けてしまったのだろう。
よくよく思い返せば、鏡を見てホラー映画だなんて表現が出てくる時点で、自分はあの情けない男が主体となっているのが分かってしまう。この世界に映画など存在はしないし、本来のステラであればあり得ない。
「私は、これからどうすればいいのよ・・・」
ステラは頭を抱えて蹲る。
どうすればいいかは分からない訳ではない。どうしようもないのだから、このままステラ・マリーゴールドとして生きなければいけない。単純な話ではある。
しかし、思い出せば思い出す程、この先の未来に希望が見出せない。
何せステラという少女は、ストーリーが開始される約4年後には独り身であり、家族もいなければ『マリーゴールド』という家名も失った、孤独の存在になってしまうのだから。
「おねぇ・・・ちゃん?どうしたの・・・?」
「・・・!?り、リリー・・・。今日は早いのね。もう少し寝ててもいいのよ?」
「ううん。もう、眠くない」
「そ、そう。おはよう、リリー」
「うん。おはよう」
先ほどステラが起きてきたベッドの隣から少女が起き出してくる。
起きたばかりで目を擦りながら、ステラの元へと歩いてくる彼女はリリー・マリーゴールド。ステラの双子の妹だ。
ステラの事を『おねぇちゃん』と呼んだ彼女の容姿はステラと瓜二つくらいに似通っており、違いと言えば、眠くないと言いながらも常に伏せられがちな眼と、母親譲りの繊細なプラチナブロンドだろう。
そう、双子の妹だ。
何をするにも後を着いてきて、「おねぇちゃん」と慕ってくる可愛い妹。性格は真反対だと言われ、ステラの真似をしておかしな行動をし始める可愛い妹。
しかし、そんな大事な存在である彼女がすぐそばにいる事すら、ステラは先ほどまで失念していた。
何故ならば、そんな、自身の分身のような姿をしたリリー・マリーゴールドは、ゲームのストーリー開始にはもうすでにこの世にいなかったのだから。
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