愛鈴草

零尾右右

第1話 悪くない門出


長野県松本市、桜より雪と仲がいい今日4月5日は、新成人・新入生を迎える日には少し寒くて暗くて白い日になってしまった。予報通りの天候で誰も悪くない門出だが、気持ち的には沈みきらないし上がりきらないなんとも言えない心境を醸し出す。これでは折角の春の朝も寝過ごしてしまいそうなそんな日に、公立の高校である県立華垣ヶ丘(はながきがおか)高校の入学式が行われる予定だ。


「これ、間に合わないかな。」


駅の改札を出たすぐの所の踊り場で、一人時計を見る男の姿がある。


「流石に登校日初日に遅刻はマズイよね。」


服装は松本駅ですら400人は居るんじゃないかというくらいどこにでも居そうな黒のスキニーパンツに白のTシャツ、深緑のジャケットを着た当たり障りのないこの男。リュックの肩掛け部分を一番緩くして背負って、一人でブツブツと喋るこの男こそが、この物語の主人公百塚・合斗(ももつかあいと)その人である。百塚は駅にある首の延びた時計と自分のスマホを見比べて時間がズレていないことを確認しているようだ。


「開会式9時半ってちょっと早くね?」


未だ一人で何かを喋る百塚。時刻は丁度9時を回った所で、駅から学校までは徒歩で30分はかかる。この辺は松本でも繁華街に括られる場所であり、松本市の中でもより田舎で育った百塚は市内の栄えた所への耐性がまだなく都会慣れ出来ていない面持ちのようで、いつもと少し感覚が違うことに戸惑っているようでそれだからか時間の感覚がおかしい。


「あれ、合斗?何してんのこんなところで。」


たった今改札から出てきて百塚に声を掛けたのは同じ中学に通っていた成島・躑躅(なるしまつつじ)という男だ。年齢は勿論百塚と同じで今年高校一年になる正真正銘の同級生。因みに通う高校は二人とも華垣ヶ丘高校だ。


「なにお前、そんな普通の格好して。」

「あれ、…躑躅?お前も遅刻じゃんか。」

「遅刻?…何遅刻って。」


黒のハットにダークネイビーのコートを羽織った成島の格好は登校用の服装ではないようなお洒落さだ。持っているバッグも財布と携帯しか入らないような小さいものしかない。百塚の背負っているリュックを見てなにかに気づいたのか咄嗟に自分の携帯を見る。


「開式まであと30分もないよ?間に合わなくね?」

「…今日5日でしょ?華高の入学式って7日だよ。明日でもねーじゃん。」

「え?」


慌てて自分の携帯を開く百塚は予定表を見た所5日に入学式とちゃんと書かれていた。それを成島に見せるが、成島の携帯に入っている予定表には7日に入学式と書かれている。これを見て成島は中学時代、百塚がよく午後から学校に来ていたことを思い出して小さな溜め息を漏らした。


「あのな、いくら時間の使い方が下手とか苦手だからと言って、日付まで間違えんなって。なんかもう怖えよ、それは。」


無駄にお洒落した奴が無駄に普通な奴に呆れた午前9時過ぎは、さっきよりも気温が下がっている気がする。そう、彼、百塚・合斗は時間の管理ができないかなりの問題児であり、少し特殊な非行に走る普通の皮を被った変人である。幼い頃に両親を亡くしてからは祖父母の元で育てられることになり、裏庭に咲いていた「サンカヨウ」という花に一目惚れしたことから植物に興味を持つことになって小学生の頃、地元に生息している植物の図鑑を完成させた。その後中学生になると自然地理学者などが集まる学会にて、齢14歳にして『操草(あやつりそう)の発見のその生息域』という論文を発表し史上最年少の植物学者となった。その点頭脳明晰ということもあり、中学3年生の夏、通称を「花の学園高校」と呼ばれる華垣高校から推薦状が届いたいわゆる植物のプロが百塚という人物の簡単なプロフィールになる。


「え、待って。じゃあ開会式は明後日なの?え、いつ変更になったの。」

「最初っからずっと7日なんだよ。」

「聞いてないけど。」

「言ってねーよ。まさか知らないとは思わなかったし。」

「…なんだよ遅刻じゃねーのか。」

「そこじゃねーんだよお前のヤバいところは。」


たった今朝の9時過ぎに今日1日やることが無くなった男が誕生した。


「はぁ…、帰るか躑躅。」

「なんで俺まで帰らされるんだよ。用事あってこっちまで来てんの。一人で帰れ。」

「…なんの用事だよ。」

「服買うんだよ、服。」

「まだ買うの?服。」

「いいだろ別に。」

「はぁ、暇だな。」

「じゃあお前も服買いに行くぞ。」


そう言われ百塚は成島と二人で服を買いに行くことになった。さて、ここからの話は正直本編とは関係ないので急いで明後日に飛ぶことにしよう。

2日後、いよいよ開会式当日となった今日4月7日は快晴に恵まれて入学日和になった。入学式は当たり障りのない式のまま始まってそのまま平和に幕を下ろしていき、昇降口に貼られたクラス名簿にはD組に百塚と成島のふたりの名前が見られる。華垣高校ではクラスを8組に分けそれぞれをAからHのアルファベットで命名している。教室ではまず名簿順に席が決まっていて、百塚は黒板に向かって左側の一番後ろ、成島は真ん中のど真ん中に座っている。入学生に対して担任の先生から軽い学校説明があるが真面目に聞いているのはクラスの半分も居なく、みんなこの後の一種の行事を待ち望んでいる。


「えー、このクラスの担任になった薔薇谷(ばらたに)だ。黒板に書くのはめんどくさいから各自調べてくれ。入学式の校長先生の話にもあった通り、君たちはもう立派な高校生だ。あと3年で社会に出て生きていく人たちもいるかもしれないという自覚を持って高校生活を送ってくれればと思う。」


半オールバックでスーツ姿のおじさんが担任の先生か、と百塚は薔薇と漢字で机に書く。胸ポケットにはタバコの箱が見えるこの薔薇谷という教師は一見強面に見えるがどう考えてもやる気がない目をしている。


「まあ、どうせ俺の話は聞いていないと思うが学校の規則は生徒手帳に書いてあるから確認しておくように。じゃあ今日のLHRは終わり。この後の部活動紹介まで休憩で。」


そう、部活動紹介。このマンモス校、華垣高校の一大イベントと言っても過言ではない部活動紹介は在校生の花形でもあり新入生にとっては新生活の第一歩であるのだ。野球部やサッカー部などの運動系でも目覚しい成果を挙げている華垣高校だが、「花の学園高校」の名に恥じないくらい文化系の部活にも力を入れている。吹奏楽に始まり合唱や果ては放送部までありとあらゆる部活があると言って差し支えなく、周辺の高校に比べると部数もトップレベルで部室棟も充実した学生にとってはオアシスのような学校なのだ。そう、ありとあらゆる部活が存在している。


「何部にする?」

「俺、お前と同じやつに入るわ。」


などと浮かれた声も多く聞こえ、それだけで教室中が騒がしくなる。成島は自分の席を離れ、百塚の前の空いている席に座った。


「どうする?」


とだけ言ってさっきのLHRで配られた部活表のようなものを広げる。


「部活入んの?」


成島が百塚にそう聞く。中学の頃は、成島はバスケ部に入っていたが百塚はどの部活にも所属していなかったことを鑑みるとそのままの流れを汲むのだろうか。


「折角推薦で入ったんだからその能力は活かしたいよね。」

「でも、そんなピンポイントに植物に関する部活なんてあるか?大会とかも別にないだろそういうのって。」


そんな会話をしていて時間が過ぎていったのか周りが移動し始めるのが分かる。学校の敷地全体を使って催しや紹介が行われるのでこの先は敷地内全域が賑やかな雰囲気を醸し出す。二人も教室から出て色々と見て回ろうと席を立った。するとそこに、一人の女性が近づいてくる。


「あ…あの…、も…百塚く…君…ですか?」


辿々しい話し方が人見知りであることを伝えてくる。


「え?…まあはい、そうですけど。」


何故彼女が百塚の名前を知っているのかは、きっといつか分かるのだろうか。


「…。」

「…?…あの、僕に何か?」

「あ…、す…すみません。…あの、…あのですね、…。」

「…?」


なぜかは分からないが成島は彼女を応援している。おっと、ここで少しこんな話をしておかなければならない。世の中には不思議な出来事・物事というのが存在している。それは時に人智を超えた存在であることもしばしば。そしてそれらを追求する専門家は人間という存在にしかなり得ないのだ。人智を超えた存在、それが例え起こりえない事だったとしても。


「か…花捜部(かそうぶ)を、た…助けてください!」

「…?花捜部?」

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愛鈴草 零尾右右 @KOTARO1204

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