沈黙に積雪

卯月

無言郷

 無言郷の住人は、冬の間、外では話さない。深く積もった雪が、人の声を吸い取ってしまうためだ。

 人々は、雪の中でもよく音が通る笛を持っている。余所者には小鳥のさえずりにしか聞こえないが、村人同士では、微妙な吹き分けで、雪崩なだれの警告や救助要請など、様々な情報を伝えることができる。


 酔うと妻を殴ると噂される男が、雪の斜面の下で死んでいた。男は手に笛を持っていたが、誰も音を聞いていない。吹くよりも前に気を失ったのだろう、と人々は考えた。男の妻は、葬儀で呆然としていた。


 春が来て、雪が解けたとき。死んだ男の声が、村中に響き渡った。


「あのアマ! 笛に蝋を詰めやがったな!」


 村人が家を見に行くと、妻は、首をくくっていたという。

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沈黙に積雪 卯月 @auduki

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