不可能性について

「君は人生の可能性についてどう思う?」

「考えたことないな」

「僕は時々、人生は不可能性によって決定づけられていると思うことがあるんだ」

「はあ」

「君は『四畳半神話体系』を読んだ事があるかい?」

「ない」

「素晴らしい小説だ。その小説の中で、確か人生と不可能性の関係について、論じている人がいたんだ。ずいぶん前に読んだんで大方忘れてしまったが、主人公にどうせ君は薔薇色の大学生活を送れないのだ、諦めたまえ、みたいなことを言っていたと思う」

「へえ」

「僕は膝を打ったよ。まさしくその通りだ。僕らの人生は不可能性によって定められている。僕は多分どんなに頑張っても総理大臣にはなれなかった。宇宙飛行士や、歌姫や、一流棋士にも、武士や、格闘家や、映画監督にはなれなかったろう。僕が今ここにいるのは、こうして保険の営業マンとして存在しているのは、不可能性のおかげなんだ」

「そうかなあ」

「おそらくそうさ」

「でも不可能が可能になる時もあるでしょう?」

「不可能が可能になったわけではなく、そもそもそれは可能なことだったということだろう。技術的だったり、精神的なハードルがあっただけで」

「そういうものかな」

「そういうものさ」

「でも君が宇宙飛行士になれるかどうか、完全に不可能であると断言できないんじゃないか」

「できるよ」

「どうして?」

「別になりたくないから」

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