北海道

 僕は北海道には一度も行った事がないのだが、なぜかいつも行った事があると言う気がする。いや、むしろ生まれ育った地だという気がする。なぜだろう。前世の記憶とかそういうものを僕は全然信じていないのだが、そういう事なのだろうか。うーん。

 北海道。北海道について僕はほとんど知識がない。しかしいくつかの記憶があるような気がするのだ。風や、匂いや、気温を覚えている。そんな気がする。

 気のせいか?

 僕は二十歳まで福岡で生まれ育った。福岡はあまり雪の降らない地域だ。たまに雪が積もる事があっても大概は夕方までに溶けてしまう。そのため僕は昔から積もる雪に憧れを抱いていた。視界が確保できないほどの豪雪。昔は想像力が今以上になかったのだ。豪雪地帯の大変さを知らなかった。憧れが理解を邪魔していたのだ。まあ、若いとはそういうものだ。

 僕は今大分で仕事をしている。冬にはスキーに行き、積もった雪を眺める。でも、何かが違っているような気がする。作り物といった感じが拭えない。僕は本当の雪景色を見たいのだ。そして確かめたいのだ、僕の覚えている風景や感覚が確かなものなのか。おそらく。

 北海道が舞台の作品をたくさん観た。『夏子の冒険』や『羊をめぐる冒険』、『北の国から』、『ゴールデンカムイ』に『波よ聞いてくれ』。『水曜どうでしょう』も観た。

 でもやはり本物を見たいという欲求には敵わなかった。

 個人的に、北海道に行くということは、故郷に帰るような感じだ。阿倍仲麻呂の気持ちがわかるような気がする。僕は帰りたいのだ。とにかく帰りたい。僕がいるべきなのはここではないという気がする。九州を出たいのではない。北海道に行きたいのだ。行かねばならないのだ。

 それはほとんど宿命に近い思いだった。

 でも僕はついに北海道に行くことは叶わなかった。

 交通事故に遭ったのだ。

 住宅街を猛スピードで走るトラックに横断歩道ではねられた。

 即死だった。

 脳漿が飛び散り、手足はあり得ない方向に曲がり、2メートルほどトラックに押し出された後、コンビニに突っ込んだ。走馬灯を見る余裕もないほど一瞬の出来事だった。

 僕は許可を得て、現世に戻って自分の葬式を見たりした。

 『幽遊白書』のように霊界で探偵でもやろうかなとか思いながら、やっぱり北海道に行きたかったなあと思った。

 しばらくして、僕に来世の通達が来た。僕は北海道の酪農家所有の牛になるらしい。

 嬉しいような、でもどこか拍子抜けというか、何と言えばいいのか、これは死んでみないとわからないかもしれないが、一種の燃え尽き症候群のような感じになっていて、その通達を聞いても特に何も思わなかった。どうでもいいと思っているのかもしれない。

 僕は来世で故郷に帰るらしい。でもその時に前世の記憶は全く消えてしまっているだろう。

 まあ、そういうものか。

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