第20話ー婚約発表まで

 殿下が嫁入りをする、ソール・サリードラという人物は、なにかと話題に事欠かぬ人物であるらしい。

「前リードラ公の子であることに間違いはないらしいのですが、どうも妾腹のようですね」

 いささか硬い表情でそう語るのは、ルカ・シトリン。ふーん、とリクが相槌を打つと、ルカは頬の緊張をいくらか解いた。

「成人まぎわまで別宅でお暮しだったそうですが、前リードラ公のご嫡男が病で亡くなり、本宅へ招かれて公家をお継ぎになったとか。馬で駆け回って泥だらけになって帰ってくる、安い酒場に出入りしている、そもそも生まれが卑しい……、などと言われて、貴族の間ではきわめて評判が悪いのです」

「それが殿下の結婚相手かー」

「まあ、貴族の間での評判など、たいして参考にはなりませんけどね。妾に子を産ませたのはそちらだというのに勝手なものだ」

 ルカが吐き捨てるように言ったので、リクは少し驚いた。何か個人的な思いがあるのだろうことが、否応なくわかってしまう。殿下が呼んでいた、ルカ・イーヴリスという名に関係があるのだろう。ルカはおそらく、貴族の出なのだ。そしてそのイーヴリスの名を捨てシトリンを名乗ることにいささかも躊躇わなかった様子を見ると、その出自はルカにとってあまり喜ばしくないもののようだった。

「でも、領民の被害を出さずたった一日で反乱を鎮めた男だ」

 ガイがにやりとした。

「なかなか興味深い人物みたいだな、ソール・サリードラという男」

「それより、今問題にすべきはリク・ガーネットが遭遇しかけたという刺客だ」

 ホウタツが口を挟む。そうだった、とリクは姿勢を正した。この件を話し合うために、五名が集まったのだ。もちろん、ジークとハンナには真っ先に伝えてある。

「姿を見たか?」

「いや、見えなかった。気配だけ。それも一瞬。けど、刺客だと思ってまず間違いない」

「だろうな。人数は?」

「ひとり。ひとりではあった、けど……」

「けど?」

 これを言うべきか、リクは少し迷った。ただ自分が肌で感じたというだけのことだったからだ。だが、ここで黙るのはむしろ何か余計な含みを持たせるようで気が引ける。

「かなりの手練れだと思う」

「かなりの、ってどのくらいよ?」

 ネイ・アメジストが口を尖らせた。

「んー、ホウタツくらい」

「うわ、そりゃかなりの、だな」

 ガイが目を剥き、ネイもルカも顔をこわばらせた。

「それはかなりだな、と俺が言うのは何だが……、相手として厄介なことはたしかなようだ」

 例として出されたホウタツ本人が、わずかに苦笑する。そういえばホウタツもチョウという姓をジェイドに変えられたわけだが、それについて何か思うところはあるのだろうか、とリクは一瞬、余計な考えを頭に浮かべた。

「とにかく用心した方がいいな。リクが刺客に気がついたってことは、刺客の方もリクに気がついたってことだ。きっと何か対策をしてくる」

 そう言うガイに頷きつつ、リクは余計な考えを一旦振り払って言葉を添えた。

「とりあえず婚約が国内に発表されるまでは、警戒を強めなくちゃいけない、ってジークが言ってたけど」

「発表される前に殿下の命を奪うことができれば、イネッサ皇女殿下を代わりに立てられる可能性があるということですね」

 ルカがなるほど、と呟いた。婚約発表から婚礼までの日数は、五日ほど。あまりにも早くはないかと思うところだが、ロード帝国ではこれが通常である。

「まずは発表までを乗り切りましょう」

 五名は互いに頷き合った。誰もが殿下の命を守ることに真剣になっているのだ、と思うと、リクはなぜだかひどく嬉しくなった。

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