第18話ー呼び出し

 驚愕ばかりをもたらした謁見の翌日から、リクたちは殿下の身を守るべく護衛業務に入った。とはいえ、扉の前に立つなどという表立った行動はできない。天井裏に潜む、物入の中から警戒する、といった人目を忍んだ護衛を交代で行った。なにせ、リクたちの存在もまた秘匿の対象であるのだから。

「あんな堂々と武人大会なんてものをやっておいて、いまさら隠すことなんかできるもん?」

 リクがジークに尋ねると、ジークは少し笑った。この日リクはなぜかひとりだけジークに呼び出され、殿下が待つという部屋へ移動していた。

「隠すことができているかどうかについては、半分成功してるけど半分失敗してる、というところかなあ。まあ、失敗も予想の範囲ではあるんだけど」

「なにそれ」

「ああいう武人大会は珍しくないんだ、ここのところ貴族の間で流行っていてね。だから誰が主催した大会なのかどうか、貴族連中はもう気にもしない。あれが殿下の主催なさった大会だとバレる可能性はほぼないよ。運営も俺とハンナが仕切っていたしね。ただ……、第四皇妃はどうやら勘づいているらしい。こちらが護衛を増やしたとなれば、むこうも刺客を増やしてくるだろう。今まで以上に警戒しなければならない。特に、婚約が国内に発表されるまでは」

「その発表っていつ?」

「十日後」

「思いっきり佳境じゃん今」

 呻くようにリクが言ったとき、ジークが部屋の扉を開いた。ふたり揃って素早く室内に入り、扉には厳重に鍵をかける。リクがぐるりと周囲の気配を探る。誰もいないように思えたがそんなはずはない。おそらくはホウタツが隣の部屋にいるのだろう。気配を消すのが上手すぎる、とリクは内心で舌を巻いた。

 改めてリクが見渡した室内は、なぜか白い布で区切られていた。

「ああ、来たね、リク・ガーネット」

 部屋の奥、白い布の陰から、殿下が顔を出した。なお、宝石の名については謁見の後に補足説明がなされ「名を変えるというより新しい姓を得たと思えばよい」と告げられた。リクやガイのような貧しい農村生まれの者に姓などあるわけはなく、リクにとっては新しい姓どころか初めて持つ姓が「ガーネット」となったわけだった。

「は」

 リクが膝を折ると、殿下はけらけらと笑って、いいからこっちへおいで、と言った。どうにも礼儀に頓着しなさすぎるように思うのだが、どうなのだろうか。と、もう何度目かになる疑問を胸に抱きつつ、リクは殿下に手招かれるままに白い布の垂れ下がった部屋の奥へ進んだ。

「ここに用意してあるものに着替えてくれ」

「は……、着替え、ですか?」

 白い布の内側には、リクが見たことも触ったこともない上等な仕立てのドレスが並んでいた。ドレス。もちろん、女物だ。

「え!? い、いや、殿下」

「たぶんね、ひとりでは着替えられないと思うのだけれどね。コルセットとか。そこはジークに手伝わせるよ、安心しなさい」

「は!?」

 安心できるか、と叫びそうになった自分を制止できただけ褒賞ものだ、とリクは自画自賛した。リクの困惑には一切取り合わず、殿下はにこにこと白い布の外側へ出てゆき、入れ替わりにジークが入ってきた。

「よーし、じゃあまずは全部脱いでー」

「なんで!?」

「なんでって、脱がなきゃ着替えられないだろ」

「そうじゃなくて!」

 ひとの困惑を無視するのに慣れすぎてないかこの主従は、とリクが内心で毒づく間にも、ジークの手によってみるみる着替えが進んでいく。そして。

「ぐえええええ!!!」

 リクの腹が、思い切り締め上げられた。

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