第16話ー役割

 リクは、自分でも知らぬうちに天井を見上げていた。殿下と同じように。そんなリクに気づいているのかいないのか、殿下は艶やかな唇で少し微笑んだ。それを見て、リクはどきりと身をすくませてしまう。

「さて、それで」

 殿下は見上げていた顔をリクたちの方へ戻すと、再び語る姿勢を取った。まだ話は終わっていない。終わられてはリクたちも困る。

「嫁入りをするにあたって、私は性別を偽っているという秘密を守らなければならないのと同時に、身を守らなければならない事態にもなった。武人大会というものを開いて諸君七名を選出した目的のひとつはそれだ」

 命を狙われている、という点についての説明に入ったらしい。身を守るために武芸に秀でた者たちを集めた、というのは筋が通っている。ここまでなされた中ではいちばん素直に納得できる話だ、とリクはこっそり思った。

「異母妹・イネッサ皇女の母……、つまり第四皇妃は、あらゆる手を尽くして私の降嫁を阻止しようとしている。自分の娘こそをリードラ公に嫁がせるために。阻止の手段としてもっとも確実なのは私の命を奪うことだ。すでに何度か、第四皇妃の指示によるものと思われる襲撃があった。幸い、ここにいるジークとハンナが返り討ちにしてくれたのだが」

「俺とハンナは、幼いころからの殿下の従者なんだ」

 ジークが口を挟んで補足すると、殿下は少し笑った。

「伝えてなかったのか。まあ、意図してのことであろうけれど。……大会で対戦した者もいるはずであるから知っていようが、このふたりの腕はなかなかのものだ。けれど、降嫁の準備を進めながら我が身を守るには、ふたりだけではとても手が足らぬ。さりとて、下手に人を増やすわけにもゆかぬ……、と、こういうわけだ」

 なるほど、とリクは得心がいった思いだった。大会の参加募集を知らせるチラシに身分を問わず、と書いてあったのは寛大さを表していたのではなく、むしろ身分の高い者を応募の段階でふるい落とすためだったのだろう。これまで、政治になど興味を持ってこなかったような者を、第四皇妃の息が絶対にかかっていない者を、選ぶための。

「諸君には、私がリードラ公に嫁ぐまで、私の身を守ってもらいたい。要するに、私の親衛兵となってほしいということだ。そして……、私とともにリードラへ来てもらいたい。選出した目的のもうひとつは、それだ」

 殿下のその言葉に色を成したのは、シトリンことルカだった。

「お、おそれながら……、そのようなことが可能なのですか?」

「そのようなこと、とは?」

「皇子……いえ、皇女の嫁入りに、兵を伴うということ、です」

「禁じられてはいない。ただ、前例もない」

 殿下は、あっさりとそう言った。リクは皇族の婚姻というものに一切の知識を持たないため、何の疑問も抱かなかったのだが、たしかに、従者を連れて行くのならばともかく、兵士や戦士を婚家に連れ込むというのはあまり聞かない話だ。

「他国の例にはあるけれどね。隣国、厳で初めて女王となった陳彩は、崙国へ嫁した際に自らの軍・厳姫親衛隊を連れていったとか。二百年近く昔の話だが。このあたりのことは、ホウタツ、そなたの方が詳しいのではないか?」

「……いえ……」

 名を呼ばれ、それまで沈黙を保っていたホウタツが目を伏せつつ返事をした。

「俺、いえ、私が崙国におりましたのは、十歳までのことでございますから。あまり詳しくは学んでおりません」

「そうか。厳姫のときは、嫁ぎ先である崙国の方が連れて参れ、と言ったのだそうだ。……まあつまり、今回の場合も向こう次第ということだ」

 殿下はいたずらっぽく笑った。高貴なるかんばせに、その表情は不思議とよく似合って、リクたちの目を見開かせた。

「リードラ公がどう言うかはわからないが、とりあえず、私はお前たちを全員連れて行くことにしている。兵としてではなく、宝石として」

「……それは」

 誰かが、乾いた声で言った。その声に、殿下は頷く。

「だから、私は諸君に宝石の名を与えたのだ。兵を連れて行くなどとは公表しない。諸君は、宝石として私とともにリードラへゆくのだ。いわば、嫁入り道具だね」

 ガーネット。リクはその名を人知れず口の中でとなえていた。

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