第14話ー困惑
顔を伏せたまま困惑する七名……、いや、五名は、どうしていいかわからず微動だにできなかった。
「殿下。そういう感じでいいんですか?」
そう言ったのはジークのようだった。どこか面白がるような色の声だ。
「え? あー、そっか。……んんん、皆さん、どうぞお顔をお上げになって」
殿下のものらしき咳払いが聞こえ、そののちに違う声色が響く。その場の困惑は消えることがなく、むしろ増したようにリクには感じられた。
「あれ? ダメ?」
「んー、ダメっていうか……。えーっと、とりあえず、全員顔を上げてくれないか?」
ジークがそう言ったことにより、五名は困惑を消しきらぬままにゆるゆると頭を動かした。目の前には、先ほどと変わらず白いドレス姿があり、この世のものとは思われぬほどの輝きでそこに立っていた。
「え、さっきの、女の子の声に聞こえなかった?」
およそ皇族とは思われぬ気軽な口調で問われ、一同は横目でお互いの様子をうかがう、という実に情けない挙動に出てしまった。それを恥じたのかどうかはわからぬが、おそるおそるといったように口を開いたのはガイ……ならぬ、オニキスだった。
「まず初めに先ほどのお声を聞いていれば、おそらくは女性の声と思ったでしょうが、それよりも先に男性のものと思われるお声を発せられましたので、『男性がつくった女性ふうの裏声』としか聞こえなくなってしまいました」
「あー、なるほどー。やはり声はまだ安心できないな」
リクは内心の驚きを隠しつつこのやりとりを聞いた。ガイ……、オニキスが比較的きれいな敬語を使ったことも驚きだったし、皇族である殿下が何のこだわりもないように受け答えをしていることも驚きだった。なによりも。女性の姿をした殿下が、どう考えても男性であることに驚いていた。
「ああ、すまない。これからしっかり説明をするから、どうか聞いてほしい」
殿下はそう言うと、すらりと玉座に腰かけた。一瞥でさえも振り向かぬ、無駄のない動きだった。
「私は、エリザベータ。ロード帝国の第二皇女だ。……と、いうことになっている」
ほっそりした白い指を、みるからに滑らかな顎に沿わせて殿下は微笑んだ。そのしぐさを目にしただけで、リクは眩暈がしそうだった。
「皆が察しているとおり、私は皇女ではない。皇子だ。わけあって、皇女であると性別を偽っている。そのわけ、というのをこれからお話したい」
殿下との謁見の直前にハンナ、いや、オパールが言い渡した注意事項の、他言無用という言葉が急に重みを増したように感じられて、リクの背筋に冷たいものが走る。
「昨年、ロベーヌで民衆の反乱が起きたのは知っていると思うが……、その鎮圧がどのようになされたのかを知っている者は?」
お話したい、と言った矢先であったのに殿下は一同に問いかけた。なぜここで反乱の話が、という困惑も伴って、全員が一瞬口ごもる。リクにいたっては、一言の返答もできそうになかった。なにせ、反乱があったらしい、という程度のことしか知らないのだから。そんな中で、ルカが答えた。いや、ルカではなくシトリンか。頭の中でいちいち置き換えていくことに、リクはまだ慣れることができないでいた。
「たしか、ロベーヌ公の兵では鎮圧ができず、リードラ公が兵をお出しになったとか」
「その通り。さすが、詳しく知っているようだ」
「いえ……」
殿下の言葉を受けて、シトリンが目を伏せた。
「ロベーヌ公は鎮圧できなかったどころか、実際は反乱の起きた現場に派兵することすらままならなかったらしい。ロベーヌ地区で戦闘が起きるなど、もう何十年もなかったことであるから、動転したのだろうね。反乱の規模を確認するよりも先に、周囲に助けを求めてしまった。それに応じたのが、隣接しているリードラ地区の領主、リードラ公。ソール・サリードラだ。迅速に派兵し、たった一日で反乱を鎮圧した。……ロベーヌの領民千五百人の反乱を、一日で。それも、領民側の死者を出すことなく」
「死者を、出さずに一日で……?」
呆然と繰り返したのが誰だったのか、リクにはわからなかった。リクもあっけに取られてしまったからだ。そんなことが、可能なのか。殿下はリクたちのその反応にどこか満足したような笑みを浮かべている。
「それをどのように成し得たのかは、残念ながら私の知るところではない。ともかく、ロベーヌの反乱は鎮圧された。皇帝陛下は、ロベーヌ公のこのたびの失態を受け、領主の座を剥奪するご決定を下された。ロベーヌ公は大陸一の大国・ロード帝国の名を汚すとんでもない腰抜けだ、と陛下はひどくお怒りだったそうだ。で、新しい領主には陛下の弟君、つまり私の叔父に当たるセルゲイ皇弟殿下を当てることになさった。今、ロベーヌ公といえばセルゲイ殿下を指すことになるわけだ。……さて、それで。罰せられる者がいるのならば、その逆もしかりでは?」
「……リードラ公、でございますね。皇帝陛下が褒美を約束された、とは聞き及びましたが」
「そう。やはりさすがだね、ルカ・イーヴリス。じゃなかった、シトリン」
殿下であっても「じゃなかった」となるなら名前に慣れられなくても仕方がないな、とリクは思いつつ、一方で今までの話を飲み込むのに必死になっていた。殿下の説明がどこへ向かっているのか、まだ見えてこない。
「その褒美が何であるかは知っているか?」
「いいえ、存じません」
「私だ」
「……は?」
リクも同じく、「は?」と言いたかった。もしかしたら本当に声に出ていたかもしれない。
「皇帝陛下は、ご自分の娘……、皇女を降嫁させるとリードラ公にお約束なさった。そのため、私が嫁ぐことになったんだよ」
皇女の姿をした皇子は、輝かしい笑顔で告げた。
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