第13話ー殿下

 エリザベータ皇女殿下。

 リクもガイもその名を聞いたことはなかった。当然ではある。ロード帝国において皇族の情報は庶民には秘匿されるのだから。

「つまり俺たちは皇女殿下のために選別された七人ってことか?」

 ガイが尋ね、ジークはあっさりと頷いた。

「まあそういうことになるな」

「なーんか含みがあるなあ」

「ははは、もうちょっと待ってくれ、ちゃんとご説明があるからさ」

 探るような目をするガイをジークは笑顔でいなした。リクはそんなふたりを目の前にしながら、ふと「おうじさま」という言葉を頭に浮かべていた。依頼先で出会ったリザという少女がリクに向かって言った言葉だ。自分に縁があったのは、おうじさまではなく、おひめさまの方だったんだな、とかそんなことをぼんやり思う。

「じゃ、行こう」

 ジークが先に立って歩き、リクとガイは部屋をあてがわれたときと同じような迷路のごとき通路を進んだ。進むにつれ、通路はだんだん下っているように思え、どうやら地下を進んでいるらしかった。

「あ、ちょっと止まって」

 しばらく進んだのち、ジークが一度ふたりの足を止めさせた。通路はほとんど真っ暗だった。

「この先が謁見室だ。扉を開くからちょっと待って」

 ジークがそう言うのに、リクは反射的に拳をつくった。どうやら自分はらしくもなく緊張しているらしいと自覚して、なんだかおかしな気持ちになる。明日がどうなるかわからない生活を送ってきたリクにとって、予想外の出来事に遭遇するというのは珍しくなかった。けれど、これは今までの予想外の中でもいちばんの予想外だ。

 扉の先の部屋は、ずいぶんと明るかった。

「すっげ……」

 室内に足を踏み入れながらガイが小声でつぶやく。リクも同じ思いだった。壁も天井も豪奢な装飾が施されており、磨き上げられた床はほとんど鏡のようで、燭台の光を反射させていた。部屋の最奥には、金色の椅子が設えられている。あれを玉座と呼ぶのだろう、とリクはいささか眩暈に似たものを感じながら眺めた。室内にはすでに何名か待たされていて、その中にはホウタツとルカの姿もあった。

「兄上」

 背後から、栗色の髪の女……ハンナが、ネイという少女を連れてやってきた。ジークを兄と呼び、軽く頭を下げるところを見ると、ガイが言っていた「兄妹」という関係性は本当のようだ。

「これで全員、揃ったね」

 ジークがぐるりと一同を見回し、ハンナに頷くと、ハンナも頷き返した。

「では、謁見の前にまず私から注意事項をふたつ。ひとつめは、今からここで見聞きすることは、他言無用であるということ。ふたつめは、自分の名、および他の者の名について、必ず殿下から賜ったものを使用すること」

「殿下から賜った名、というのは、あの宝石の名のことですか」

 尋ねたのは、ルカだった。そうです、とハンナが答え、リクは顔をしかめた。自分のものはともかく、他の者が授かった名は覚えていないものも多い。そんなリクの胸中を読んだように、ジークがにやりとした。

「ホウタツがジェイド、リクがガーネット、俺がサファイア、ハンナがオパール、ガイがオニキス、ネイがアメジスト、ルカがシトリン。……まあ、呼び間違えても罰せられるわけじゃない。徐々に慣れてもらえばいいさ」

 軽く笑いを滲ませながらジークが言うのを聞いて、安心するような吐息がいくつか漏れた。名前に不安を感じていたのはリクだけではなかったということだろう。

「……時間だな」

 先ほどまでの笑いを消し、ジークが部屋の隅に足を向けた。リクたちが入ってきたのとは違う扉に手をかける。扉が細く開かれ、そこから光が漏れだしたと思ったら、その光は一瞬ののちに何倍にも膨れ上がってあふれた。少なくとも、リクには、そう見えた。

 金色のまっすぐな髪。白い肌。赤く小さな唇。深く澄んだ青い瞳が、一対。白地に金の刺繍が入ったドレスを身に着け、そのひとはやってきた。

その場の全員が息を飲んだ。

 リクもまた、息をするのを忘れたように全身をかたまらせてしまった。

 はっとしたように頭を下げたのは、ルカだった。それにならって、他の者もリクも、慌てて頭を下げる。皇族に対しての礼儀作法など、どうしたらいいのか皆目わからないのだと今更ながらに思った。

「殿下」

 ジークの声に促され、殿下が頷いたのだろう、リクの視界の端で、白いドレスが少し揺らいだように見えた。

「集まってくれたことに、感謝する」

 上から降ってきた、その声に、リクは再び全身をかたまらせた。誰も一言も言葉を発しなかったけれど、場にじわじわと困惑が広がってゆくのが肌でわかった。

 なぜならその声は。

 明らかに変声期を終えた、男性のものだったからである。

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