第10話ージーク

 リクは第四回戦に進むこととなった。第三回戦で負けを喫したガイは、順位決定戦に臨むこととなったらしく、闘志を新たに研ぎなおしていた。

「な? 言ったろ? またあとで必ず会える、って」

 温和な笑顔で手を振るジークに、リクは苦笑を隠せなかった。次の対戦相手は、予定されていた対戦表どおり、ジークである。

「まあ、実はその必ず、を実現できるかどうかはちょっと危うかったんだがな」

 そう言いながら、ジークは道化めいた表情で肩をすくめる。そうした大げさなしぐさが、妙に様になる男だった。

「よく言うよ」

 リクは片頬で笑いながら剣を構える。いやいやホントだって、と慌てて見せながら、ジークも剣……タガーを構えた。その無駄のない身のこなしに、リクは警戒心を強める。やはり、このジークという男はただ者ではない。

 はじめ、の号令で、リクとジークは激しく剣を打ち合った。ルカのときよりも格段に速い。しかも、一撃ずつがかなり重い。リクも返す剣戟に重さを乗せる。そうでなければ、打ち負けてしまうからだ。しかし。

「っ、」

 一撃ごとに手が、いや、腕全体が痺れるような心地がして、リクの内心に焦りに似たものが生まれた。とても長時間は持ちこたえられそうにない。何か違う手を打たなければ、とリクは一度大きく剣を跳ね上げた。リクの上半身がガラ空きになるこの隙を、ジークが見逃すはずはない。胴を狙ってきたところを叩きこむ……、つもりだったのだが。

 カラァン、と澄んだ金属音が響いた。

「え?」

 ジークがタガーを取り落としたのだった。リクが跳ね上げたことによるものだとは明らかだった、が。

「あっちゃー。えーっと、俺、降参しまーす」

「はぁ!?」

 ジークはパッと両手を挙げた。審判員が降参を認め、あっけなく対戦が終わる。

「この対戦に降参しても、順位決定戦には出られるのかい? あ、出られる? よかったよかった」

 タガーを拾い上げながら審判員と言葉を交わし、立ち去ろうとするジークを、リクはほとんど反射的に追いかけていた。

「ちょ、ちょっと待てよジーク!」

「ん?」

「なんで降参なんか!」

「え、だって手が痺れちまってさー」

 詰め寄るリクに、ジークはへらりと笑う。それが嘘ではないことはリクにもわかっていた。ジークがタガーを取り落としたのは、その所為だろう。だが、取り落とさぬようにもできたはずだということも、わかっていた。

「でもまだできただろ、あんた」

「うん、まあ、ホントはもうちょっとやりたかったところだけどさ、たぶん俺たちこのまま対戦を続けてたら……」

 ジークは笑みをそのままに、声を低めた。

「どちらか、いや、両方ともが怪我なしじゃすまなかったと思うぞ」

「それは、まあ……」

 おそらくはそうだろう、とリクもジークの考えには同意した。が、釈然としない部分はある。こうした武人大会には怪我はつきものだ。上手くかわされたような気がした。

「またやろう、リク。俺のことより、今は次の対戦に集中した方がいいんじゃないか? 決勝戦だよ」

 決勝戦。

 第四回戦を不本意な形で終えたリクは、次の対戦が決勝戦になるのだということにあまりピンときていなかった。だが、決勝戦の相手を前にした途端。

「は……」

 リクは、一気に目が覚めたような心地がした。自分の意志とは関係なくわずかな笑みが浮かぶ。この男には、これまでに相手にしてきた者らとは圧倒的に違う、と確信した。

 決勝戦の相手は、チョウ・ホウタツであった。

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