第9話ー握手

 目の前でガイの敗北を見たことに、リクは多少の衝撃を受けたが、目の前で見ていたからこそ納得できた結果でもあった。あの状況では、間違いなく女の方がガイを上回っていた。戦闘範囲を定められていない広大な場所であったなら、ガイはああも簡単に負けなかったろうけれど、そんな仮定の話は通用しない。

 リクは自分の対戦に向かうべくそっと観戦者の輪を抜けた。残り八名というところまで勝ち上がった相手を前に、ガイは「女だから」といって油断したわけではないはずだ。つまりそれはリクにもいえることで、いかにも力の弱そうな子どもだ、と見た目で侮ってくるような者はもういないと考えていい。もっとも、リクにとってはその方が有難い。全力で、挑むことができるから。

「よろしくお願いします。ルカと申します」

 丁寧に頭を下げた長身の男が、リクの次の相手だった。蜂蜜色の髪を短く整えている。生来の巻き毛なのだろう、前髪が優美な曲線を描いていた。人間というのはわりと見た目でわかるものだよな、とリクはこっそりと考える。見るからに、ルカは上流階級の出身であった。

「俺はリク。よろしくー」

 下流は下流らしく、と思ったわけでもないが、リクは肩をすくめて微笑むことでお辞儀に代えた。

 ルカがすらり、と剣を抜く。細身の剣だが、リクの剣のように反りはなく、ほれぼれするほどまっすぐで、そして、長さがあった。使い手の身長に合わせて特別につくられたものなのだろう。リクは早速、この対戦が楽しいものになりそうな気がして、笑みをこぼした。

「はじめっ!」

 合図と同時に、リクはルカとの距離を詰めようと動いた。が、ルカはリクの動きを読んだのか、同じ程度の速さで後ろに距離を取り、剣を平らに据えた。その剣は揺らぐことなく、足さばきにも油断がない。上段も下段も防ぐことのできる構えだ。

「なるほど」

 リクはひそやかに呟いて、わずかに口元をゆるめた。苦戦というほどではないが、一筋縄ではいかないことは明らかだ。リクは油断なくルカの動きを見ながら、どう戦うかを考えていた。考える、といっても、リクは綿密な戦略を立てるような気質の持ち主ではない。体を動かす中でよりよい方法を見出す、という方が得意だ。相手の動きを見定め、リクは手数を増やした。ルカの剣を弾くように己の剣をぶつけ、かわされるのを承知でまた弾き、凪ぐ。打ち交わされる二振りの剣が、小気味よい拍子を刻んだ。その規則的な音を、リクが不意に、乱す。

「っ?」

 唐突に崩れた動きに、ルカが戸惑ったように足踏みをした。リクは、その瞬間を見逃さなかった。畳みかけるように激しく剣をさばき、距離を詰めた。そして、片腕でルカが剣を持つ手をねじり上げ、もう片方の腕をルカの首に巻き付けた。締めあげようと力をこめかけた、そのときに。

「そこまで!」

 勝負が、ついた。

 リクがルカの首と剣から体を離し、背を向けようとしたとき、ルカが片手を差し出してきた。

「え?」

 ルカの片手が、握手を求めているのだとリクは気がつくのに、しばらくかかった。そのしばらくののち、リクは気恥ずかしい気持ちを抑えつつ、ルカの手を握り返した。それはおそらく、リクが生まれて初めてきちんと交わした握手であった。

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