第7話ー大会開始

 武人大会は、軍本部の演習場のひとつを使って行われるようであった。主要に使用されているとはおよそ思われぬ、こじんまりとした演習場には参加者が散らばっている。だいたい、四十名ほどだろうか。これが多いのか少ないのか、こうした大会に出たことのないリクには見当がつかなかったが、数はともかく多様な人物が集まっていることはたしかなようだった。それは老若男女、といって差し支えないほどで、特にリクは自分の予想以上に女性がいることに内心で驚いていた。

「おいリク、チョウ・ホウタツがいるぞ」

「誰だそれ」

「知らないか? 傭兵連中の間じゃそこそこ有名だったぞ。相当に腕の立つ男がいる、ってさ。崙国の出身らしい」

 ガイが目配せをした先に、長身の男がいた。黒髪を短く刈り込み、妙に細い目をしている。異人なのだろうことは、一目でわかった。崙国はロード帝国の隣国にして、大陸最大の国土を持つ国である。国を治める王朝は何度も入れ替わっているが、不思議なことに、その入れ替わりも含めて一繋ぎの歴史を保有している。

「へー。いいね、腕の立つやつがいるのは」

「お、言うじゃねえか」

 リクが口の端を持ち上げると、ガイもニヤリと笑い返した。

 ほどなくして、演習場の壁に対戦表が貼りだされた。大会はどうやら勝ち抜き戦らしい。参加者はすべて黄色い紙の番号で表記されていたため、どれが誰を指すのかほとんどわからなかった。

「お、リクとは結構後にならないと当たらないな」

「お前こそ言うじゃん。俺と当たるまで勝ち抜く気でいるんだから」

「そりゃあそうだろ、大会に出るからには、勝たなくちゃな」

 第一回戦の番号が呼び出され、リクとガイはそれぞれの対戦相手と向き合うべくその場を離れた。リクの第一回戦の相手は、リクの倍もありそうに見えるほどの大男だった。この寒空の下、上腕の筋肉を見せびらかすがごとく袖を肩までまくり上げている。

「……へっ」

 大男は、リクを見下ろし、鼻で笑った。リクにとっては予想しうる範囲の反応なので、腹も立たない。ただ、哀れに思うだけだ。リクの経験上、筋肉を見せびらかす輩にたいした腕前の者はいない。

 リクが涼しい顔で細身の剣を抜くと、大男はリクの剣の三十倍はありそうな剣を構えた。切れ味などないに等しい、重さで押しつぶすことを目的とした剣だ。

「はじめっ!」

 号令と同時に、大男が剣を振りかぶった。リクは棒立ちのまま、それをじっと眺めた。順番待ちを兼ねて周囲でその様子を見ていた他の参加者たちが、リクの負けを見て取ったのか笑いを滲ませたため息をもらした。が。

 どすっ。

 大男の剣は、地面に深々と突き刺さった。リクは大男の懐に入り、剣の柄で手首を打ち上げると、すぐに剣を反転させて喉元に切っ先を突きつけた。

「な……」

 何が起こったのかわからずに動きを止めたのは、当人である大男だけでなく、周囲の参加者も、審判員も、同様だった。

「そ、そこまでっ!」

 凍りついた一瞬ののちに、審判員が慌てて声を張り上げる。リクは剣を下ろし、すたすたとその場をあとにした。

「……こんなもんかー? ……ま、ここから、かな」

 誰にも聞かれぬようにそう呟いて、リクはガイの試合でも見に行こうと足を向けたが、ガイの方もほとんど一瞬で第一回戦を終えたと聞いて、ふ、と忍び笑いをもらした。

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