第6話ー帝都

 帝都サラートペテルークは、賑やかだった。その賑やかさは、ヒャベスとはまた違う種類のもので、華やかというか煌びやかというか、リクやガイのような格式を重んじることのない者でも無意識のうちに背筋を伸ばしてしまうような雰囲気があった。

「お高くとまってるな」

 あえて悪態めいた言葉を吐くリクの隣で、ガイは笑いながら頷いた。

「まあな。実際お高いんだよ。帝都がこうでなくてどこがこうなる」

「そりゃあそうだけど」

「でも……、いつもよりかなり浮かれた状態ではあるな」

「浮かれてる?」

「そ」

 ガイが道端を指さす。あらゆるところに立てられた、真っ青なフラッグだ。深海のような青の色は、ロード帝国皇室の象徴である。国章こそ入っていなかったが、帝国が立てたものであることは明らかだった。

「……? ロード帝国に永遠なる繁栄を。皇太子殿下万歳? ああ、そうか、立太子の儀がなんとかって聞いたな」

「それそれ。アレクサンドル皇子殿下が、正式に王太子となられてお披露目があったんだよ」

「え、見たのか王太子を」

「いーや。お祭り騒ぎの一部始終は観てたけどな。祭典に乗じて悪事を働く奴が増えるってんで、帝都の金貸し親父に雇われてたんだ」

 お披露目は年が明けてすぐのことだったはずだから、もう百日近く前だ。いまだその興奮冷めやらぬ、というのはなかなかのことだ、とリクは驚き半分呆れ半分で周囲の様子を眺めた。

 王太子。つまり、本物の「おうじさま」である。皇族の情報は、庶民には秘匿される。皇帝陛下に何人の御子がおられるのか、ということすら耳には入らない。公開されていないのだから当然のことだ。アレクサンドル皇子殿下は立太子の儀で初めて国民の前に姿を見せた。ほぼすべての国民にとって初めて目にする「おうじさま」であったはずだ。国民、それも帝都で暮らす者たちが熱狂するのも、もっともなことではあった。しかも、昨年はロベーヌ地区で反乱が起こり、暗い情報ばかりが飛び交っていた中での祭典は、この上なく輝かしい出来事であったに違いなかった。

「ちなみに。本当に聞きたいんでなければ、帝都のやつらに王太子殿下の話を振らない方がいいぞ」

「なんで」

「半日は喋り続ける。皆言いたくて仕方がないんだ、「俺は殿下をこの目で見たぞ」ってさ。帝都の外からやってきた人間なんか、格好の餌食ってわけだ」

「げ」

 そんなことを話すうちに、リクとガイは帝国軍の帝都本部に辿り着いた。豪奢な装飾を施した門扉の前には、濃紺の軍服に身を包んだ兵がずらりと並び、その誰もがびしりと背筋を伸ばしていた。ものものしい、というよりはどこか見世物めいた整い方をしており、リクは早くも帝国軍がどういったものなのか、その一端を見た気がした。

「ここは正門だから……、俺たちはあっちだな」

 ガイが紙を見ながら右手を指さす。ヒャベスの酒場に貼ってあった紙を、結局持ってきてしまったらしい。北門に集合のこと、と書かれているのに従ってふたりが赴いた先には、黒っぽい外套を着た女がひとり、立っていた。整った顔立ちをしているが、感情の乗らない面のように見えた。年のころは、リクよりも少し年かさのようだ。

「本当にここで合ってる?」

「たぶん……」

 正門とはうって変わり、立派な門扉もなければ兵の姿もない様子に、リクとガイは互いに不安の色をにじませた視線を交わした。

「武人大会に参加を希望する方ですか」

 そんなふたりに、女の方から声をかけてきた。そうだ、と答えると、手のひらほどの大きさの紙を取り出した。

「名前と年齢、出身地、それから所属している機関があれば教えてください」

「……ガイだ。十九になる。出身地はレバド地区マボ村。どこにも所属してない傭兵だが、傭兵組合には登録している。仕事をもらうために」

「リク。十七。カザード地区ダンジェ村出身。所属については、この、ガイと同じ」

 目の前の女に不信感はあったが、知られても特に問題のない内容であると判断し、ふたりは素直に質問に答えた。女はふたりの答えを手元の用紙に書きつけると、黄色い紙を差し出した。

「大会は三日後です。これを持って、またここに来てください」

 黄色い紙には数字が振られていた。ガイは二十五。リクは二十六。

 短いやり取りの間、にこりともしなかった女に背を向けて、リクとガイは北門を離れた。

「さあて。どうなるかな。楽しみだ」

 面白そうに笑うガイに苦笑しつつ、リクも自分の気持ちが動くのを感じていた。少なくとも、森の中で出くわした賊よりは腕の立つ相手に出会えるはずだ。

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