第4話ー帰り道と明日の道
イワンの家を出発した翌日。一行は無事にヒャベスに到着した。リクとガイは、問屋に商品を運び込み、取引を終えるところまで立ち会った。
「いやあ、おふたりとも、本当にありがとうございました」
宿屋に併設されている酒場で、イワンはふたりに約束通りの金額の後金を支払い、笑顔で礼を言った。どうやら、例年よりも高額で取引を行うことができたらしい。用心棒の効果はこういうところにもある。武器を持った男がふたりも背後に控えていれば、「下手な値をつけるなよ」という圧力が自然と生まれてしまうものらしい。
「お役に立ててよかったです」
ガイが葡萄酒を飲みつつ笑い、リクは鹿肉のシチューを食べながら頷いた。まだ日の高い時間帯だというのに酒場は飲みかわす男たちであふれていた。
「帰りの護衛、本当にいいんですか?」
「ええ、もう荷はありませんから」
イワンがガイに朗らかに笑うのを見て、リクは少し眉を寄せた。リクとガイがイワンから依頼を受けていたのは、たしかにヒャベスへの護衛だけで、帰り道のことは含まれていない。帰り道にも用心棒を雇えば当然それだけ費用が掛かるわけだから、イワンがそのようにするのも無理からぬところだ。
「……これは、俺が勝手に推奨するというだけで、そうしなきゃいけないってわけじゃないですが」
木製のスプーンをシチュー皿に置いてリクが口を開くと、イワンが少し驚いたように顔を向けた。
「馬車の荷台を売り払い、騎乗して帰った方がいいです。馬車を用いての移動だと二日かかったけど、馬に乗って駆ければ一日だ。ご家族へのお土産はできるだけ小さなものにして荷物は少なくした方がいいな。で、今夜は必ずこの宿屋に一泊し、夜明けと同時に出立してください。天気が崩れない限りは、日暮れまでに帰れるはずです」
リクは軽妙に語ったが、まなざしはその語り口に反して真剣そのものだった。深紅の眼のまっすぐな光にたじろいだように、イワンが顎を引く。
「わ、わかりました、そうさせてもらいます」
「あ、荷台売るなら、ゲンダー爺さんの店がいいですよ。ここからちょっと東に行ったところにあります」
「そうですか、じゃあそこで売ります」
ガイが相変わらずの明るい調子なのを受けて、イワンはホッとしたように笑顔を取り戻した。
「では、私は早速その店へ……。おふたりとも、本当にありがとうございました」
「いえー。よかったらまた御贔屓にー」
ひらひら手を振るガイの隣で、リクはまた小さく頷き、少し迷ってからイワンに告げた。
「お嬢さんに、よろしく」
「はい」
イワンはリクの一言を聞いて嬉しそうに微笑み、酒場から出て行った。リクがシチューの残りを食べようとスプーンを持ち直すと、ガイがにやにやしながら肘でリクの背中をつついてくる。
「……何」
「いーや? 優しいなー、と思ってさ。さすが、おうじさま」
「喧嘩売ってんの?」
「売ってねーよ、買うな」
けらけら笑ってガイが葡萄酒を飲み干し、追加を注文するために席を立った。はあ、とひとつ息をついてリクは食事を再開する。
帰りは荷がないから、とイワンは言ったが、空っぽの荷台を引いてヒャベスから出てきた馬車など「ここに載せていた荷を売った金が懐にありますよ」と宣伝しながら進んでいるようなものだ。もっとも、依頼されただけの仕事をこなしたリクにとって、その後イワンがどんな目に遭おうと知ったことではない。だが、前金も後金も約束通りに支払ってくれた善良な依頼人には生きていてもらった方がいいに決まっている。
「……ま、二度と会うことはないかもしれないけど」
小さく呟く。用心棒を引き受ける者など掃いて捨てるほどいるし、もしかしたらリクの方が用心棒などやめてしまうかもしれない。明日自分がどうなっているかなど、わからないのだ。リクは物心ついてからずっと、そういう日々を生き抜いてきた。
「なあなあ、リク!」
葡萄酒のおかわりを持ってきたガイが、妙にうきうきした様子で戻ってきた。
「何の用ー? もう仕事終わったんだから俺と一緒にいなくていいじゃん、好きに飲み遊んできなよ」
「そんな冷たいこと言うなよー」
リクとガイは別に組んで仕事をしているわけではない。受ける依頼の内容や活動範囲が似通っているのか、たびたび協力することになる程度の知り合いである。
「お前、次の仕事決まってるか? っていうかすぐ次の仕事するか?」
「いや。差し迫って金に困ってるわけでもないから、少しゆっくり探してもいいと思ってるけど……、何?」
酒の所為だけではなさそうなガイの目の輝きを見て、リクはわかりやすく警戒して見せた。おかしなことに巻き込まれてはかなわない。
「これ、出ないか?」
ガイは一枚の紙をリクの前に広げた。端の方が少し破れているところを見ると、壁に貼ってあったものを剥がしてきたのかもしれない。
「は?」
その紙には、「天下無双のつわものよ、集え! 帝国軍主催、武人大会」と書かれていた。
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