第3話ー賊

 リクとガイが護衛する、イワンの馬車の目的地は、帝都・サラートペテールクにほど近いヒャベスという街である。帝国随一の商業都市で、ヒャベスで手に入らないものはない、といわれている。帝都への流通に乗る品も多く集まり、品物の質さえよければ生産者の身分は関係なく高値での取引ができる。ヒャベスでは人間よりも品物の方が格が上なのだ。それゆえに、商売をしたい者は皆ヒャベスを目指す。

「……ヒャベスへ続く道筋は、賊にとって絶好の狩場となるってわけか」

「そういうことだな」

 リクとガイは互いに目配せをした。背後から、つけてきている気配がある。牧場のあった平原を通り、道中ふたつめの森に差し掛かっていた。この森を日暮れまでに抜けることが本日の行程のもっとも大きな目標だった。

「どっちが馬車につく?」

 ガイが天気の話でもするような気軽さで尋ねた。リクも顔色を変えることはない。

「お前が行ってくれ。その方が牽制になるだろーし」

「りょーかーい」

 リクは馬車の荷台の左側へまわり、馬の歩みを少しだけゆるめた。ガイが御者台へ近づきイワンに耳打ちをしている様子が、背後から見えてしまうことを防ぐためだ。決して見回すようなことはせず、リクは周囲の気配を再度さぐる。つけてきているのは、三、四人といったところか。樹上から援護するような者はいないようだ。

 ほどなくして、馬車とガイが突然加速し、リクの前から走り去った。リクはすかさず手綱を引き、道を塞ぐように馬の向きを変えた。ザザザ、と茂みが大きく揺れ、抜き身のナイフを手にした男たちが慌てたように姿を現した。リクの予想通り、四人だ。

「なんだ、子どもじゃねえか舐めやがって」

 男のひとりが吐き捨てた。細身のリクを見て、子どもだと思ったらしい。

「舐めやがって、はこっちのセリフだっつーの」

 リクはため息交じりに呟いた。用心棒のついている馬車を襲うということは、賊としてもそれなりに勝算があると思った、ということだ。

「あの大男の相手は骨が折れそうだが小さい方ならなんとかなりそうだ、ひとり倒してしまえば大男もなんとかなるだろう……とかそんなとこか?」

ぶつぶつ呟きながら、リクは剣を抜いた。リクの剣は、奇妙な形をしている。一見レイピアのようだが、レイピアよりは少し幅があり、なにより、真っすぐではない。妙な反りがあるのだ。

「おい、お前は前を追え! こいつは俺が……」

「俺が、なんだって?」

 一瞬で、リクは距離を詰めた。指示を出そうとしていた男の肩を刺し、抜きざまに隣に立つ男の腕を切りつけ、駆け出そうとしていた男の喉元に剣の切っ先を突きつけた。

「いてえええええ」

「うわああああ!!!」

「大げさだなー、死にゃあしないって」

 剣を受けたふたりが喚くのに呆れつつ、リクは残りのひとりに目を向けた。腰を抜かして地面にへたりこんでいる。

「全員、ナイフ置いて逃げるんだったら命までは取らない。どーする?」

「は、ひ、ひ……」

 言葉にならない声を上げて、肩を刺された男がナイフを放り出して駆け出した。他の男たちもそれに続く。リクが剣を鞘に納めると、切っ先を突きつけられていた男も風のように去って行った。

「ったく、しょーもねーなー」

 賊との対峙はものの数分で終わり、リクは馬車に追いつくべく馬を走らせた。無事に仕事を遂行したことを、良かった、とは思いつつも、なんとも手ごたえのない相手であったことに、落胆しているのもまた事実だった。

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