第12話 毒彊左道②

「リーリヤ! あたしを庇ったから……!」

「ヒヒッ、子供なんぞ連れるものじゃないね、リーリヤ」


 まんまと罠に嵌められたわたし。

 わたしのことがバレてるなど予想できるものか。

 わたしなど、ヴァイオレットお嬢様の添え物でしかないメイドだ。

 大きく目立っていたこともなく、七星剣との接触だって一回か二回。

 だというのに、バレていただと……!


「くっ……」

「では、わしは帰らせてもらうよ。追い詰められた宇宙ネズミは、雇用主を叩きつぶすからね。最後の力を振り絞って相打ちになんてされたらかなわない、ヒヒッ」

「ま、待って!」


 フォスがドクター・イグロに立ちふさがる。

 やめろと言いたいが、舌が回らない。

 とめようにも体の自由が利かない。


 何とか内功で毒の巡りを送らせて、全身に広がる前に一か所に集めようとしているが、虚空刃を使った後というのが響てしまっている。

 最悪を想像するわたしに反してドクター・イグロは、まるで紳士とでも言わんばかりに優し気に聞こえる気味の悪い声色を出した。


「ヒヒッ、何かな、お嬢さん」

「待ってください。あたしの、姉さんはどこですか」

「キミの?」

「あたしの姉さん……エリダって名前の」


 ドクター・イグロは、しばし虚空に目を走らせて、全てを理解したように笑みを作る。


「ヒヒッ、そうかそうかァ! それは良い、とても素晴らしいネ。キミのお姉さんは賭博宙域にいるよ、ヒヒッ。じゃあ、頑張ってね~。リーリヤが死んだ頃に来るからねぇ」


 恐ろしいほどに素直にそう言ってドクター・イグロは去って行った。


「くっ……」

「リーリヤ!」


 フォスがかけよってわたしの身体を起してくれる。


「大丈夫……」

「凄い汗だよ!? 全然大丈夫に見えない!」

「……大丈夫です」


 少々無理をして軽身功を使って、宿の部屋に戻る。


 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 気を巡らせて、体内の毒が広がらないように足の方へ集めにかかる。

 どうにかこうにか四苦八苦したが、毒を集めることに成功した。


「……ふぅ……」


 しかし、長く持つものでもない。

 このままでは足だけ腐り落ちる。

 そうなれば、最悪だ。

 生身であるわたしは、欠損を受けてしまえばもう元には戻らない。


「少しは、顔色が良くなった……?」

「毒は解毒できていません。わたしがどれほど持たせようとしてももって二日、数日でしょう」

「ど、どうすれば……リーリヤ、あたしはどうすれば良い?!」

「……どうも。あなたのすべきことは決まっているでしょう」

「えっと……?」

「行きなさい。あなたは姉のいる場所がわかったでしょう」


 ドクター・イグロが正確なことを言ってるとは限らないが、それでも今まで手に入れたくても手に入らなかった情報だ。

 幸いにも賭博宙域は狭い宙域だ。

 人ひとりをギリギリ探せるだろう。


「運び屋を呼べば運んでくれるはず。あなたは、行きなさい。元々そういう話でしょう」

「こんなリーリヤを残して、行けるわけないでしょう! それにあたしはまだ、リーリヤになにも返せてない! その毒、解毒してみるから!」


 言うことを聞かず、彼女はわたしの毒を解毒しようと魔法を行使する。


 魔法。

 アイテールによる超常現象のこと、わたしは使えないからよくわからない。

 解毒もできるようであるが、師匠にこんなことを言われたことを覚えている。


『覚えておきな、私らには魔法は使えないし、魔法による治療も受けられない。あれらはこちらの体内のアイテールに作用して初めて効果があるからね』


「アイテールがないわたしには治療魔法の効果はない。無駄です」


 わたしは、旧時代的な道具を使って時間をかけて治療をするしかない。

 そもそもサイボーグばかりの世の中で、治療をする必要はほとんどない。

 サイボーグ化前の子供の時分に何かあった場合に使われるくらいだ。


「そんな……じゃあどうすればいいの、教えて」

「……はぁ、解毒剤でもあればですがかなり強力な毒ですから、普通の解毒剤ではだめでしょう」

「わかった。普通じゃない解毒剤。どこに行けばいい?」

「……この端末の場所に行ってください」


 仕方ない。

 こうなってしまえば、フォスに頼るという体をとった方が良いだろう。


「わかった。行ってくる。大人しくしていること! 主の命令なんだからね!」

「主ではありません」


 わたしの言葉を聞かずにフォスは出ていった。

 これでいいでしょう。


「ごふっ……ああまったく毒彊左道、やってくれますね」


 どうせどこかで見ているはずだ。

 毒でわたしが死ぬまで二日か。

 その間、彼が大人しくしているということがあるだろうか。

 いいやない。


 宿の階下から上がってくる複数の気配がする。

 窓の外からも嫌な気配。

 どうやら、わたしを休ませておくとか死ぬまで待つということをする気はさらさらないと見える。


「良いでしょう、虚空刃が毒程度で殺せると思われては、お嬢様の名に傷がつきます」


 あと師匠にぶっ殺される。

 毒を喰らった程度で負けるとか、鍛え直す必要があるねとか地獄から舞い戻ってくる。

 それは不味い。本当に死んでしまう。


「といっても状況は最悪ですね」


 毒のおかげでまともには動けない。

 居場所はすぐにバレる。


「彼女を逃がしておいて正解でした。わたしといるよりかは安全にお姉さんのところにいけるでしょう」


 さて、まずはこの場を離れる。

 気功術を使えば、それだけ毒の巡りも早まるが、四の五の言ってはいられない。

 命よりも大事な復讐だが、命がなければ最後まで行えないのが問題だ。


 窓をぶち破ってさっさと脱出。

 軽身功で屋根から屋根へ。


「ぐっ……」


 毒がわたしを苛むが、襲ってくる連中は一歩遅れて部屋に踏み込んできた。

 向かいの屋根にいるわたしを見つけて即座に追撃を出してくる。


 安全な場所はどこにもない。

 わたしは毒に苛まれながら地獄の追いかけっこを開始する。

 ぐずぐずと体の内側がとけるような痛みをこらえて、わたしは走り出した。


 ●


「えっと、リーリヤが言っていたのはここだよね」


 リーリヤに言われた地図の場所は浜辺の桟橋だった。

 ここに解毒できるものが本当にあるの……?


 少し心配になる。

 もしかして、あたし騙されていない?


「来たな」

「運び屋さん……?」


 そこにいたのは運び屋さんと運び屋さんの船だった。


「あっ、騙したのね!?」


 あたしは騙されたことを悟った。

 リーリヤがあたしだけでも逃がそうとしたに違いない。


「貴様を賭博宙域まで運ぶ依頼になっている。乗れ」

「乗りません」


 そう言われて、乗るわけにはいかない。


「乗れ」

「乗りません! リーリヤを助けなきゃいけないの!」

「つまり、助ければ乗るな?」

「……! はい! ありがとうございます!」

「仕事のためだ」


 力づくで乗せてもいいはずなのに、運び屋さんはあたしの話を助けてくれるようだった。


「なにがあった」

「リーリヤが毒を受けてしまって」

「毒だな、種類はなんだ」

「わかりません……」

「解毒魔法は」

「効かなくて……」


 運び屋さんは考えこむように、腕を組む。

 解毒魔法なら大抵の毒は解毒できる。

 よっぽど特殊な毒でもない限り、魔法でできないことはない。


「相手は七星剣だな?」

「はい……」

「毒彊左道は、サイボーグすら殺す毒の使い手だ。その毒なら解毒はほぼ不可能だ」

「そんな……! どうしたら……」

「可能性がないわけではない」

「なんですか、教えてください! あたしができることなら、なんだってやります!」


 運び屋は無表情に見える顔をどこかゆがめたような気がした。

 明確にすぐに帰ってきていた返答もどこか躊躇いがちに見えた。

 

「……ドラゴンの巣から涙をとってくることだ」

「ドラゴンの巣の涙……」


 それはあたしも聞いたことがあった。

 姉さんから教えてもらったおとぎ話。

 それはどんな病気も治してしまうのだと姉さんは言っていた。

 それがあればあたしの両親も助かったかもしれないとよく思った。


「ほんとうにあるんですか?」

「嘘のような話だが、存在する。だが手に入れるのは難しい。死ぬ可能性もある」

「それでも、可能性があるならあたしは行きたいです。だから、あの運び屋さん、あたしをドラゴンの巣まで運んでくれますか。お金は、必ず用意します。だから……」

「ルールその四、子供の依頼は受けない」

「そうです、よね……」


 ドラゴンの巣は危険だ。

 そこに近づくだけでも、多くの人が死んだと姉さんは言っていた。


 でも、やることはわかった。

 あとは自分でどうにかしよう。

 そう思って頭を下げてドラゴンの巣まで運んでくれる船を探すことにする。


 そうしていると、船へと向かう運び屋さんがあたしを呼び止める。


「どこへ行く、乗れ」

「えっ……?」

「乗れ。連れて行ってやる」

「でも、子供の依頼は受けないって……」

「そうだ。子供から金はとれん。死んでは、後々の依頼が消える。それに、これはお前を賭博宙域に連れていく仕事の範疇だ」

「えっと……連れて行ってくれるんですか? ドラゴンの巣まで……?」

「そう言っている。早くしろ」

「あっ、ありがとうございます!」


 あたしは慌てて運び屋さんの高速艇に乗り込む。

 この前は貨物室だったので、今回もそうだろうと思って貨物室へ向かおうとするとそっちじゃないとまた呼び止められた。


「そっちじゃない。こっちだ」


 今度は操縦室に連れてこられて、空いている席に座らされる。

 待遇が良くなってる?


「あの……貨物室じゃなくていいんですか……?」

「……貨物が積んである」


 なぜか一瞬、躊躇うように言った。


「そうですか、わかりました」


 運び屋さんはとてもすごい人だし、他にもお仕事があるのだからそういうこともあるのだろうとあたしは思って素直に席に座る。

 運び屋さんがベルトまでつけてくれた。

 子供扱いされていると思ったけれど、今はそれどころじゃないから言わなかった。


「あっ、これで逃げられないようにしてから賭博宙域に連れていくとか……?」


 別にあたしを船に乗せてしまえば、彼は行先を自由自在に決められてしまう。

 ドラゴンの巣に行かずに仕事を果たすことだってできてしまう!


 あたしは途端に不安になってしまう。


「ルールその五、嘘はつかない。安心しろ、ドラゴンの巣に連れて行ってやる。その代わり、目的を果たしたら大人しく賭博宙域へ運ばれろ」

「は、はい! ありがとうございます、運び屋さん!」


 あたしの礼に不敵に笑って、高速艇は発進した。

 一瞬の間に大気圏を抜けて海洋宙域の海へと入る。


「どれくらいかかるんですか?」


 ドラゴンの巣とは言ったけれど、あたしはドラゴンの巣の場所を知らない。

 どこにあるんだろう。

 遠いところだったら、リーリヤが死んじゃうかも。


「安心しろ。すぐにつく」


 運び屋さんが船のコンソールを弄る。


『ファストトラベル――ドラゴンフォール』


 ホログラムモニターにそんな文字が表示されると同時に、ぐっと船が振動したと思うと船の外は海ではなくなっていた。


 どこかの惑星……霧が深い谷。

 何が起きたのかと目を白黒させるあたしに運び屋さんが説明してくれる。


「ファストトラベル。アイテールによる高速ワープを行った。一度行った場所ならエネルギーが貯まり次第行ける。一度使えば、半日はチャージが必要だがな」


 そう言うと、彼は大きな銃を手に取って外へ出ていく。


「来い」

「は、はい!」


 降りるとあたしも呼吸できる大気があってよかったと思う。


 そう安堵したのもつかの間、あたしたちの上を巨大な影が通り過ぎていく。


「ドラゴン……!」


 巨大な宇宙を駆ける翼。

 竜鱗と呼ばれる最高硬度の鱗。

 宇宙戦艦の装甲を引き裂く爪と牙。

 この宇宙において最強と言われる種族。

 それがドラゴン。


「ドラゴンフォール。ここがドラゴンの巣だ」


 運び屋さんが霧に包まれた谷の先を指し示す。


「あの奥にドラゴンの涙がある」


 あたしにもわかる。

 霧の向こう側には、何百匹を超えるドラゴンがいるのだということが。


「行きましょう」


 リーリヤのためにも、あたしは行かなくちゃいけない。

 たくさん助けてもらったし、勝手についてきて迷惑かけっぱなしなんだから。

 ここで役に立たないと。


 あたしと運び屋さんはドラゴンの巣へ足を踏み入れた。




後書き

ちょっと狭間の地に行って王になってきます。


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