第13話 毒彊左道③

 ドラゴンの巣、ドラゴンフォールに足を踏み入れたあたしたちを待っていたのは、拍子抜けするほどなにもない行軍だった。


「あの……ドラゴン、襲ってきませんね……」

「おまえは地面を歩くアリをわざわざ潰すのか?」

「潰しませんけれど……」

「なら、そういうことだ」


 そういうことらしい。

 ドラゴンは巨大で、あたしたちはアリのようなもので縄張りに入って来たところで脅威にすらならない。

 タマゴとか、そういうものを盗み出そうとか傷つけたりしない限りは、何もしてこないし食べようともしてこないらしい。


 でも、タマゴを盗むったって、遠くに見えるタマゴでも雲を突き抜ける大きさはある。

 あんなのどうやって盗むっていうんだろう。


「ドラゴンの涙を手に入れるのって、もしかして簡単なんじゃ」

「それならおとぎ話のように伝わっていない。ドラゴンの巣でドラゴンの涙を手に入れられない理由は、ドラゴンじゃない、あれだ」


 運び屋さんが指示した方を見ると、何か黒いものが蠢いているのが見えた。

 目を凝らせば、それが何だかあたしにもわかった。


「うえっ……」


 一言で言えば、虫だ。

 目が大きくカマキリのようでもあり、黒色でかさかさしているようでもあるそいつは、眠っているドラゴンの鱗の間に入っては、ごそごそとしている。

 バグというらしい。


「ああやってドラゴンの鱗の間の掃除をしている。共生というやつだ」

「なるほど……」

「ドラゴンはオレたちに何もしないが、あいつらは別だ。見つかれば、即座に襲ってくる。捕まれば、そのまま食われる」


 ぞわりと全身が震えた。


「見つからないようにする!」

「良し、行くぞ。ここからは奴らも出てくる」


 息をひそめて、時には崖を昇ったり、飛び降りたりを繰り返してあたしたちはドラゴンフォールを進んでいく。

 少し横からカサカサと音が聞こえた時には、生きた心地がしなくなる。

 黙っていると心が死んでしまいそうになる。

 でも、話して良いのかもわからない。


「あ、あの……」


 耐えきれなくなって運び屋さんに話しかける。


「なんだ」

「喋って大丈夫、かなって……」

「問題ない。ドラゴンは気にしない。バグどもも音は聞こえない。視覚だけだ。あの巨大な目で三百六十度見ている」

「こわい……」

「安心しろ、おまえを必ず賭博宙域に送届ける」

「…………」


 運び屋さんは周囲を警戒しながら先を歩いていく。


「運び屋さんって優しいんですね」

「…………」


 心底不愉快だと言わんばかりの顔をされた。

 この人、無表情な人なのかと思ったけれど、結構表情に出る人なのかも。


「いや、だって。する必要がないのにあたしをこうやってドラゴンの巣まで連れて来てくれて、涙を探すのも手伝ってくれているじゃないですか」

「仕事の範疇だ」

「絶対仕事の範疇じゃないですよ」


 きっとリーリヤだったら船に乗った時点で、そのままあたしを賭博宙域に連れて行っているに違いない。

 運び屋さんのようにこんな余計なことはしないと思う。


「そうか」

「そうですよ。リーリヤは絶対にしません」

「そうか」


 でも、会話はリーリヤより難しいかも。


「ええと、運び屋さん、子供好きなんですか」

「なぜだ」

「こうやってあたしを助けてくれているじゃないですか」


 子供扱いは嫌だけど。

 助けてくれる分には、子供でもいい。

 姉さんの教えはしっかりと守っている。


「子供は嫌いだ」


 あれ?


「じゃあなんで?」

「将来の顧客だからだ」

「それでこんな割に合わないようなこともするんですか?」

「するだろう」


 心の底から当然と思っているように運び屋さんは言った。

 あたしがあまりにも不思議に思っている顔をしていると思ったのか、運び屋さんは一泊置いてから続ける。


「客は何よりも大事にしろと、オレの師匠がいっていた」

「良い師匠だったんですね」

「いや、最悪の師匠だ」


 ええぇ……。


「教えるのは下手で、説明させれば擬音しか話さない。見て覚えろ。覚えなければ殴られた」

「そ、それは……酷い師匠ですね……?」

「だが、ためになったことだけは確かだ。ああいう男には絶対にならないというな」


 反面教師ということらしい。


「おまえはどうなんだ」

「あたし?」

「どうして、あの女と旅をしている」

「ええと、それしか姉さんを探せなかったからですね。あたしを追い返さずにつれて来てくれたから、あたしもちゃんと恩返ししようかなって」

「そうか……止まれ」


 言われた通りぴたりと止まる。

 彼が見ている先には、バグがたむろしているのが見える。


「迂回しなきゃ……」

「無理だ」

「じゃあ、どうすれば……」

「突破する」


 ●


「――突破します」


 道をふさぐサイボーグ武芸者の集団へ、あえて接近する。

 虚空発勁は使えない。


 わたしがまともな状態なら常道のサイボーグ武芸者には、即座に虚空刃をブッパしているところだが、生憎今は毒を喰らって死にそうなのだ。


 アイテールによる防御があるサイボーグ武芸者を虚空刃なしで倒すなら時間をかける必要がある。

 気を通した刃でアイテールをとにかく削ってという悠長すぎる戦いが必要だ。


「へへ、遊んでけよ、虚空刃さんよ! ついでに七星剣を殺した名もおいてけよ!」

「そんな暇はありません!」


 そう、わたしには時間がない。

 身体は毒で痛み、意識は定まっていない。

 それでも相手に密着するように接近し、得物が握られた腕の方向を誘導する。


 狙うは同士討ち。

 自分の力で傷つけられないのなら、相手の力を利用するまで。

 アイテールを纏った刃は、アイテールの防御を突破することができる。

 もちろん、相手よりもアイテールが洗練されていたらという話だが。


 ここにいる武芸者たちはどれも高いレベルだ。

 同士討ちは簡単に成る。


 腕でそらし、あるいは刀で巻き取り、それぞれの攻撃をそれぞれへと返し誘導する。


「くっ、やる!」

「毒を喰らってるって話なのに、やるじゃねえか!」

「毒を喰らっているので、できれば後回しにしてほしいですけどね」

「へへ、金と名誉のためなら何でもやるに決まってんだろうが!」

「毒を喰らった方が悪いんだよ!」


 ごもっとも。

 これはわたしの油断が招いた結果だ。


「なら、仕方なく」


 相手の刃を捌きつつ、すり抜け、軽身功を使って屋根や壁を這いまわる。

 呼吸をするたびに内腑が痛むが、そんなことを気にしている余裕はない。

 放たれる矢弾の雨を転がりながら躱し、迫りくる刃をそらす。


「ぐっ――」


 傷を負わないなんてことは不可能。

 周りを囲まれながら、毒を喰らっているのだ。

 血を吐く。

 どす黒く染まった血だった。


「嫌ですね、まったく」


 そんなもの見たくもない。


「おらァ!」

「チィゥツ!」


 放たれた斬撃を受け、逸らす。

 その瞬間、襲撃者の背から出た拳がわたしの腹を突く。


「ぐぅ……」


 まったくサイボーグどもめ。

 変なところから腕もでる。


 発勁で吹き飛ばし、包囲を抜けようと奮闘するが、サイボーグの方が軽身功を利用したわたしよりも速度がある。


「おい、こっちに虚空刃がいるらしいぞ!」


 騒ぎを聞きつけた他の武芸者たちも集まってきている。


「いつものことですね」


 そういつものことだ。

 昔は、もっと大変だった。

 今は力がある。

 毒だろうとなんだろうと、わたしは必ず毒彊左道を殺す。

 そのためにここに来た。


「ここで死ねない」


 なにより、せっかく姉の居場所がわかったというのにわたしのために骨を折りに行った馬鹿な子がいる。

 なら、わたしがここで諦めたら申し訳がないだろう。


「わたしはここにいますよ!」


 わざと姿を見せる。

 さあ、集まって来い。


「虚空発勁――虚空刃、抜ッ刀!」


 その全てを斬り捨てる。


 虚空で斬り裂く、その瞬間。


「ヒヒッ、良いぞ、それを待っていた」


 毒彊左道の声が響いた。


 すべてのサイボーグたちが虚空刃の刃圏へと殺到する。

 まるで壊れたおもちゃのように刃に突っ込んでくる。


「なッ!?」


 もはや振りぬく以外になく、そのような意味不明な自爆をどうして許容したのかもわからず。

 わたしの刃はサイボーグたちを切り裂いた。


 ●


「し、死ぬかと思ったぁ!」

「突破はできた」

「で、できましたけど!」


 たむろしていたバグに真正面から突っ込んで、閃光魔法を行使して視界を奪い、その刃を掻い潜るというアトラクションならもう二度とやりたくない。


 まあ、おかげで突破できたが……。


「追われてるんですよ!」

「そのようだ」


 当然のようにバグが集まってきている上に、足が結構速い。

 強化魔法を使ってみたりしているけれど、あまり意味がなさそうでヤバイ。


「ど、どうにか追っ払う方法とか!」

「あれば使っているところだ」

「じゃあ、どうしよう!?」


 なにか、なにか。

 相手は甲殻に包まれていて、魔法も効きそうにない。

 そもそも高い密度のアイテールを身に纏っているから普通に魔法を放っても無効化されそう。

 戦闘用サイボーグでもない限りは、あれに対抗するのは無理かも。


「運び屋さんは、魔法でどうにかしたりとか!」

「言っただろう。できることならやっている。つまりできない。できたとしても一体倒すだけが限度だ」


 ああ、ここで終わってしまうのかと絶望する。

 リーリヤに申し訳がない。

 かといって、どうすれば……。


「こんなところで終わりたくないのに……!」

「問題ない。仕事は完遂するのがルールだ」

「でも、運び屋さんもどうしようもないじゃないですか!」

「倒すのはな。逃げ切るだけなら可能だ」

「へ?」


 あたしの目の前で運び屋さんの身体が変形していく。

 変形が完了した彼は、バイクの形になった。


「乗れ」

「え、えええええ!?」

「乗れ」

「は、はいぃ!?」


 あたしが乗ると同時に猛スピードで走り始める。

 背後のバグたちがどんどん離れていく。


「こんな機能あったんですか!?」

「運び屋だからな」

「普通の運び屋は、バイクに変形したりしないと思うんですけど……これ、どうなってるんですか? この車輪とか、どこから出ていたんです?」

「アイテールで形成している」


 アイテールって便利なんだなと、宇宙に出てからは思うばかりだ。

 魔法も結構便利だけど。


「やっぱりサイボーグになった方が良かったりします……?」

「質問の意図が理解できない」

「あたしもサイボーグになった方が色々出来ていいのかなって……」

「オレは必要に駆られてやっただけだ。だが、今の時代、サイボーグになるのは当たり前のことだ。何も問題はない」

「そうですよね」


 でも、リーリヤはサイボーグになれないし、あたしまでサイボーグになったらそれこそどこかに行ってしまいそうな気がするし、そもそもお金ないし。


「見えてきたぞ」


 そうして、あたしたちはドラゴンの涙の有る場所に辿り着いた。


『待っていたぞ、涙を求める者よ』


 そこにはドラゴンが待ち構えていた。

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