第11話 毒彊左道①
海洋宙域のリゾート惑星カサミエント。
そこで行われる七星剣と戦おう、大バトルコロシアム。
わたしはそんなバカ騒ぎが起こる前に、七星剣『毒彊左道』ドクター・イグロを殺そうとした。
罠とわかっていても、それでも飛び込まなければこの広大な宇宙からたった六人の仇など見つけられない。
だから、行った、罠など喰い破る気で。
侮ったことはない。
そのはずだったが――。
「ヒヒッ」
どうやらわたしは、してやられたようだった。
ドクター・イグロは膝をついたわたしを見下ろして嗤う。
わたしの奇襲は見透かされていた。
勝ち誇った男の顔を、わたしは見上げて、顔をゆがめることしかできない。
「あそこまで派手に喧伝すれば、ことが起きる前に来ることは予想できるのだよ、ヒヒッ」
「あ、ああリーリヤ! あたしのせいで……!」
フォスを庇った時、矢に刺された。
その瞬間、全身を襲う激痛。
どの正体はドクター・イグロが勝手に話してくれた。
「その矢には特製の猛毒が塗ってあるんだよ、虚空刃。ヒヒッ」
わかっている。
喰らってしまった瞬間から、毒の痛みが全身へと広がっているのがわかる。
「くっ……」
本格的にわたしは窮地に立たされたようだ。
●
海洋惑星。
それは宇宙に存在する海のことを言う。
アイテールが水の性質へと変じた宙域では、宇宙は海のような状態となる。
宇宙海では宇宙怪獣に分類される宇宙魚が泳ぎまわっている。
宇宙漁師らは、この魚を捕獲し、この大宇宙に輸出して生計を立てていた。
そんな宙域には、魚の原産地という他にもリゾート地としての側面もあった。
リゾート惑星ともなれば、金持ち連中が大枚はたいて購入し、バカンスを楽しむものとしてかつての貴族社会ではリゾート地の所有数でクソマウント合戦が行われていたものだ。
もちろんわたしはそんなクソな戦いに入ったことはなく、お嬢様から聞いた話である。
海洋宙域のリゾート惑星カサミエントは、その中でも企業が買い取った惑星で、大衆向けの観光地というところだ。
惑星の表面の大半が海であり、わずかな大地と観光業者により建造されたフロートによりカサミエントは成り立っている。
ドクター・イグロのおかげで、今もっとも注目されている土地と言えるだろう。
温暖な気候で音楽フェスティバルやコミックマーケットなどが行われる一大イベント地ではあるから、もともと人は多いが今回はさらに多い。
どこを見ても人、人、人だ。
火宙域にある温泉地からやってきたらしい全身を鱗に覆われたリザード族はお土産を物色している。
森林宙域の獣と見まがうビースター族は、大会の参加者のようで一足先に現地入りして目をギラつかせているようだった。
他にも海洋宙域おドルフィンナが、売り出しているお菓子は、ちょっと食べてみたいくらいには惜しそうであったりと目を置く場所に色々と困る。
「うわぁ、すごいねリーリヤ!」
海を見るのも初めてなフォスは大いにはしゃいで、様々な宙域から集まって来た多種多様な人たちに目を白黒させてと忙しい。
そんな彼女をカサミエントの人々は微笑ましく見ている。
「そんなにはしゃいでいると田舎者に見られますよ」
「え、そ、そう?」
慌ててきょろきょろするのをやめようとするが、珍しいものや見たことない種族の人が通り過ぎる度に目が奪われている。
「そんなに珍しいですか?」
「うん、レーヴじゃ見たことなかったから」
そういえばレーヴにはあまり特殊な種族はいなかったなと思う。
大方、ヒルードーが売ったりしていたのだろう。
あそこでは人身売買すら行われていたから想像に難くない。
「なるほど。ですが、あまりじろじろ見るのも失礼です」
「わ、わかってるけど……」
それでも目で追ってしまうのはわかる。
微笑ましいものだ。
「そういうリーリヤは見慣れてるの?」
「はい、わたしはヴィノグラートに住んでいましたから」
「ヴィノグラートって、銀河帝国の首都惑星でしょ? どんなところだったの?」
「そうですね……良いところでしたよ」
ヴィノグラートは、銀河帝国の首都ということだけあって何もかもが最新鋭の都市だった。
今はどうなっているかはわからないが、銀河中から人や物があつまり、とても豊かだった。
「わたしはお屋敷に務めていましたから、広々とした草原でピクニックなどのお供をさせてもらったこともあります」
「ピクニック! いいなー、あたしなんてレーヴから出たことなかったからさ。草原とか、ピクニックとか姉さんに聞いただけだったなぁ」
「良いお姉さんだったのですね」
「うん、時々厳しかったけど。両親が死んでからはずっと守ってくれてた。だから、今度はあたしが助けるの」
そう決意をむんっと示すが、その様子はやはり可愛らしい子供だ。
何のためにこの子の姉を攫ったのかはわからないが、七星剣に対する復讐心が滾っていくばかりだ。
それからフォスは何事かを思いついたように両手を叩く。
「そうだ! リーリヤ、全部終わって姉さんを見つけたらピクニックに行こうよ」
「……それは」
それはきっとできない。
七星剣という強敵との戦い。
虚空発勁という諸刃の剣を使い続けている現状。
わたしの寿命は、長くはないだろう。
この戦いの果てまで命が残るかわからない。
それで構わない。
わたしはヴァイオレットお嬢様のためにも、七星剣を殺すと誓っている。
そのために命を使うと決めている。
後悔はない。
ただ……未練は残りそうだ。
そのためにも早めに姉に見つかってほしいとも思う。
「約束しよう、行くって。お願い」
強い意思を秘めた瞳がわたしを射抜く。
フォスはわかって言っていた。
この子は、時々子供なのか大人なのかわからなくなる。
わたしがこの子と同じ年齢の時、わたしはこんな風に言えただろうか。
言えていなかったことだけは確かだ。
ずっと蹲って、誰かに手を差し伸べられるのを待っていた。
フォス、あなたは強いですね。
「わかりました。約束します」
「やった、これはあたしのことを主人と認めてくれたってことよね!」
「それは違います」
わたしの主人はヴァイオレットお嬢様だけですから。
「もう、否定が早い。少しくらい良いでしょ」
「少しもよくありません。ほら、行きますよ」
「ああ、待ってよー、リーリヤ!」
「さて……」
このリゾートフロートの一つでドクター・イグロがどこにいるかは、AI貨物船から下りただけでわかった。
カサミエントのフロートの一つにはコロッセオが作られていたからだ。
旧時代のローマに存在したというコロッセオを模して作ったという懐古趣味の権化は、ドクター・イグロの趣味だ。
あのドクター・イグロは最新機材を扱う科学者でありながら、こういうところがあった。
覚えている限り、ヴァイオレットお嬢様に得体のしれない、コケシだとかいう謎の置物を渡して来たりていた。
だから、あのコロッセオ以上にドクター・イグロがいるだろう場所はない。
というわけで、ドクター・イグロがいるだろうコロッセオの方へと向かう。
どこの通りも人通りが多く、カメラがいたるところにある。
わたしの顔はまだドクター・イグロには割れていないはずだが、コロッセオに近づくにつれて、その全てがこちらを追っているように見えて背中を嫌な汗が流れていく。
偶然のハズだが、あのドクター・イグロだ。
慎重になっていた方が良い。
変人奇人にして狂人。
狂気のマッドサイエンティスト。
鷹の目のイグロの名もある。
どのように外道な手段を備えているのかも警戒しなければならない。
まったくこの常夏の惑星で、わたしの精神的体力を削るつもりなのだろうか。
そうつらつらと思っている間に、コロッセオに到着する。
まだ解放されておらず人はいないようだ。
「人いないね」
「そうですね、好都合ですが」
あまりにも好都合すぎる気もある。
その時、フォスが何かに気がついて指をさす。
「あっ! 見て、リーリヤ!」
フォスが指し示す方を見れば、ちょうどコロッセオからドクター・イグロが出て来てたところであった。
それから人のいない裏路地の方へ行く。
明らかに怪しい。罠の可能性もあるが、わたしの存在はまだ認識されていない。
奇襲の虚空刃で終わらせる。
「行きます」
わたしは、ドクター・イグロを追う。
ドクター・イグロが入った路地は、他に分かれ道もない一本道だ。
文字通り、大通りの裏路地であり、資材搬入用の通路のようであった。
周りに人もいないならば、やるならばここだろう。
「虚空刃――抜刀!」
即座に虚空刃を用い、ドクター・イグロを殺しにかかる。
背後からの完全奇襲。
「ほう、やはりおまえだったなぁ、虚空刃。いいや、リーリヤ。ヒヒッ」
「んなっ!?」
わたしはわたしの情報をどこにも、誰にも残していない。
七星剣とはヴァイオレットお嬢様を介して、幾人かと会ったことがあるだけだ。
ドクター・イグロとは、ヴァイオレットお嬢様が何度かあっていたがその程度。
サイボーグは物を忘れることがないから、絶対に覚えているにしてもメイドのリーリヤと虚空刃のリーリヤが繋がることはないはずだ。
メイド服なのはお嬢様のメイドとしてなので、そこはそれできちんとわたしの正体を知る者は確実に殺してきた自負もある。
わたしが生きて、七星剣を殺しているという事実はわからない。
襲い来る正体不明の敵が『虚空刃』だとわかっても、それが
ならば、なぜ知っている――。
その一瞬の思考を、躊躇いに鈍った刃をドクター・イグロは逃がさない。
毒彊左道の名の通り、彼の腕が展開し緑鋼弓と成る。
刹那も数えずアイテールが収束し矢が形成される。
狙いは、わたしではない。
その背後。
「フォス!」
振りぬかんとする刃にもう一歩浅い踏み込みで、回転へと切り替えて、放たれた瞬間にその矢を迎撃する。
果たしてそれは成功したが、ただ一発を防いだだけでは終わらない。
次の矢がすぐに装填されている。
アイテールの矢は無限だ。
さらにそこに魔法による属性変化が加わると、その力は千変万化する。
「ヒヒッ、よく防いだね。じゃあ、これはどうかな」
つがえられた矢は、三。
それぞれが火、水、風の三種。
魔法により形を変えた矢が弾けるように三方向へと散る。
「チッ!」
動かないわけにはいかない。
ドクター・イグロの矢速に、フォスの目が追い付かない。
わたしですら知覚できていないほどの速度だ。
フォスを突き飛ばすように場所を入れ替え、眼前に迫った瞬間に少々無理をしての 虚空発勁。
勁力でもって矢をかき消す。
その代償は、内傷となってわたしを苛む。
気道を嫌でも血が這い上がってくる。
「くっ」
「ヒヒッ、使ったねぇ。連続で使用するのはキツイのは知っているんだよ、わしが一番長く『虚空掌』と戦ってきたんだからねぇ」
「なるほど……しかし、なぜわたしだと」
「だって虚空を使えるのは、先天性アイテール感応能力失調症の人間だけじゃないか。ラヴェンデル家の関係者でそれを患っていたのはヴァイオレット・ラヴェンデルのメイドであるキミだけさ。簡単な話だろう?」
むしろ、それに気がついていない七星剣が馬鹿なのさと言わんばかりにドクター・イグロは嘲笑う。
もっとも先天性アイテール感応能力失調症などという症例を知っているのは、それこそドクター・イグロだけであり仮に虚空掌について知っていたとしても繋がるはずがない。
いや、それよりも。
「なぜ、わたしが先天性アイテール感応能力失調症だと……?」
それを知っているのは、ヴァイオレットお嬢様とわたしの師であった虚空掌だけのはずだ。
「そりゃ虚空掌のババアが酒の席でわしに自慢してきたからだよ。酒を飲むとあのババアは口が軽いからねぇ、ヒヒッ」
どうやらわたしはほかならぬ師匠のせいで窮地に陥っているらしい。
草葉の陰から「はっは、すまん!」と言っている師匠が見える気がした。
「だから、わしはオマエに目をかけていた。あの革命の時、わしには目的がふたつあってねぇ。一つはアイテールワープ技術。もう一つは君だよ。君の身体を解剖して、虚空の謎に迫りたかったのさ! けど、どんなに探しても君の死体がないじゃないか」
だから、生きていると思ったと?
そして虚空刃を見て、わたしだと思い至ったと。
「…………」
「まあ、そういうわけで今度こそ虚空のデータが欲しくてね」
「渡すわけありません」
「じゃあ、こうしよう」
その瞬間、彼の腕から矢が出てくる。
アイテールの矢ではなく物質的な矢。
それが放たれる。
狙いはたがわずフォス。
「くっ!」
それを弾こうと動くと同時にわたしの方にも矢が放たれる。
どちらかしか弾けない。
両方弾けるほど、毒彊左道は甘くない。
「決まっています」
もちろん、フォスのだ。
結果として、わたしは毒を受けることになった。
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