第8話 震天不動③
人がいるようには見えない惑星ファルクト。
本当にこんな場所に、オリクトはいるのだろうか。
わたしは七星剣がどのような者たちか知っている。
オリクトは年頃がヴァイオレットお嬢様と近く、よく護衛として遣わされていた。
その時から、わたしは彼のことがよくわからない。
なにせ、彼は会うたびに顔や身体が変わる。
男であることと名前は変わらないが、それ以外は服をとっかえひっかえする女のように義体を変えてくる。
より強く、より強靭に。
三年前からその習慣が変わっていないのであるならば、わたしは今のオリクトの姿を知らない。
どれほど強力になっているのかも想像できない。
居場所さえわかればどうにかなると思っていたが、中々どうしてうまくいかないものだ。
いっそのこと妙月に乗り込んで暴れてあちらから来てもらうというのが早い可能性がある。
いや、それは短絡的か。
「リーリヤ、これからどうするの?」
「…………」
「もしかして何も考えてないんじゃ……」
「考えています。完璧なプランがあります」
「リーリヤがこういう時って、考えてないのよね。あたしも流石にわかるよ?」
失礼な。
今はないだけで、ちゃんと考えている。
「とにかく進みましょう。じっとしていても見つかるものも見つかりません。これほど広大な工場ならどこかに管理用フロアなどあると思いますからね」
「本当かなぁ……」
そうとにかく一歩を踏み出したところで、わたしたちを白のドローンが取り囲んだ。
建築用ではなく、警備用のアイテール銃で武装しているタイプ。
咄嗟に構えをとる。
撃ってくるなら斬り捨てるが――。
「やっと来たんだ。遅すぎるよ。ボクは気が短いんだ、虚空刃」
どうやら目的の相手が、あちらからやってきたようだった。
ドローンについて、軌道車両に乗り案内された先にいたのは巨大な男だった。
物理的な意味合いで、これほど巨大な男は存在しないだろう。
相対した感想は、ヴァイオレットお嬢様に見せられた旧時代映像メディアにあった西遊記というお話。
それででえてきたお釈迦様の掌の上にいる孫悟空の気分だ。
単体で釖装ほどの大きさをされては、本当に人類であるのかと疑ってしまう。
その巨大さに加えて、有機皮膚が一切ないサイバネティクスむき出しというのもそれに一役買っているようである。
そして、その巨体にあるまじき、少年のような声色がわたしの違和感を増大させている最もな要因だろう。
これほど巨大で雄々しいというのに、子供のような声色では違和感を感じないわけがない。
「……」
「座れりなよ、虚空刃。少し話そう。ボクは待っていたんだ、キミみたいなのが出てくるのをさ」
わたしのことを知っている。
となればすでにヒルードーをわたしが殺したこともわかっているはずだ。
そうでなければわたしを虚空刃とは呼ばない。
だが、すぐに潰すことなくこうやって相対している。
わたしは固辞したがフォスには紅茶などを出して歓待の構えだ。
今すぐにでも妙月を抜いても良いが、この気持ち悪い歓待はなんだ。
明らかにやっていることと言っていることがあわないのはなぜだ。
今すぐにでも斬り殺したいという思いをわたしは抑え、問いかける。
師匠にも言われた悪い癖だ。
わからなければ、動けないというのは剣豪として失格だ。
「……何が目的ですか」
「目的? 決まっているよ、キミを潰すことだよ」
「ならばなぜ歓待しているのです」
「ボクがすっごく感謝しているからだよ」
「感謝?」
「うん、この三年、退屈で退屈で仕方なかったんだ。ジンのおかげでレジスタンスはいなくなっちゃってさー、戦う相手がいない。せっかく強くなったのに、存分に強さを振るう相手がいないんだよ」
オリクトの巨体が天を仰ぐ。
「それってとーっても悲しいことだよね。せっかく強く、強靭になったのに、それを振るわせてくれる相手がいなかったら、本当に強くなったのか確かめられないんだ」
「……聞いていいですか?」
「なーにー?」
「労働者に金も払わず、逆らったら殺しているそうですが。なぜですか」
「ん? それそんなに悪いこと? だってボクは強いんだ。なら弱い奴らをいくら虐げたって悪いことじゃないでしょ。悪いのは弱い奴らでボクじゃない」
こいつは本気でそう言っている。
自分の強さにしか興味がない。
そして、強さの世界でしか物事を見ていない。
こんなヤツにヴァイオレットお嬢様は殺されたのかと、わたしはもはや怒りすら通り越した心持ちとなった。
「そうですか。なら――殺されてください」
紅茶を置いたテーブルをオリクトの眼前まで蹴り上げる。
その隙に抜刀。
全身合一の勁とともに刀を振り下ろす。
「ハハッ!」
それを子供のようなこわいろで、心底楽しそうにオリクトは受ける。
「さあやろう、虚空刃! キミを完膚なきまでに潰してボクはボクの強さを証明する!」
「下がっていなさい!」
フォスにそう言って彼女が刃圏から離脱したのを合図に、わたしは再び切り込んだ。
「ハァッ!」
震天不動。動かざるのタリスマン。
見た目からもわかる超重量級サイボーグ。
山と見まがう巨体に斬り込むが、わたしの刃はその躯体の表面を撫でるだけに終わる。
巨体に見合ったアイテール炉心が絶えずアイテールを創出しているため、常態でも圧倒的な防御力を持っているのだ。
いくら内功をもって斬鉄の意気を刃にみなぎらせたとしても、アイテールの壁を突破することは叶わない。
アイテールを突破する方法はひとつ。
虚空発勁による『虚空刃』を使用すること。
しかし、虚空刃は必殺でなければならない。
あの巨体を一撃の下斬り伏せる算段が付かなければ、徒に消耗するだけだ。
虚空発勁:暗黒星雲からの虚空刃。
消耗は大きいが、震天不動の城と見まがう堅牢な防御を突き崩した上で、首を落とすにはそれで成せるであろう。
しかし、メイド剣豪として死地を超えた経験がわたしに告げている。
この男は、そのような単純な手で落とせるほど安くはない。
仮にも銀河帝国ラヴェンデル朝にその七人ありと謳われた七星剣でも、当代は最強と謳われたと聞き及んでいる。
ヒルードーですら倒すのに、虚空使いのくせに釖装に乗って、虚空刃を放つという奇襲じみた戦法で辛勝を手にするしかなかったのだ。
それよりも本物の勇名。
武術界でもその名が轟いている『震天不動』。
天が揺れるほどの災禍の中であろうとも泰然自若、不動。
あらゆる艱難をもってしてもその身体を動かすことすらできないという。
毎年アップグレードを重ねた最新最強をどう攻略するか。
「ハハハ、どうしたの。もっと攻めてきなよ、そんなんじゃボクを倒せないよ!」
ただ大きく、ただ強い。
それゆえに盤石不動というわけだ。
振るうのもサイボーグ躯体としての拳のみ。
重たく大きなそれを全身の勁力でもって受け流す。
少しでも流れの機微を見誤ればたちまちに妙月ですら、針金のようにへし折れるだろう出力に肌が粟立つ。
震天不動オリクトの得物は、鉄槌だ。
しかし、今やそれはどこにもない。
それを抜くまでもないと、そんなものは必要ないと侮られているわけではあるまい。
もはや、そのような得物ですら彼には必要ないとういうことなのだろう。
どこまでも強化を重ねた結果、その肉体のみであらゆる総てを潰すことができるようになった。
ただそれだけなのだろう。
「ホラホラ、防戦ばかりじゃなくて攻撃してきなよ! キミの自慢の虚空刃がボクに届くのかどうか、試してみなよ!」
「チィッ!」
「キミがそんなんじゃ、『虚空掌』も程度が知れるね! 何がアイテール殺し、最強の拳士だよ」
言ってくれる。
安い挑発だとわかっている。
こちらの虚空刃を誘っているのが見え見えだ。
師を侮辱されて黙っていられる弟子などいない。
ここで行かないならば、もはやわたしは剣豪ではなくなる。
師を想えば、思い出す。
師との素晴らしい日々を……。
『気合いがあれば、大概生き残れるさ!』
『もっと酒持ってくんだよ! メイドなんだから早くおし!』
『がーっとやってばーっとやんだよ! できない? できるまで帰ってくんなじゃないよ!』
『今からこの谷から突き落とす。帰って来れたら結構強くなってるはずだ』
あれ、おかしい。
素晴らしい思い出の日々があったはずなのだが。
ふむ、とりあえず別に師のために虚空刃を出す必要がない気がしてきた。
いや待て……逆に師の為に出さなければ、彼岸から帰ってくる可能性の方が高い。
ありうる、師匠ならありうる。
「良いでしょう、その挑発乗って差し上げましょう。」
「来い!」
内息を整え、超常の練気をもって、あり得ざる第六元を身の裡に生じさせる。
無より生じる虚空発勁――。
「虚空刃――抜刀」
鋼を奔り猛る暗黒が三日月となって震天不動を襲う。
後を引く虚空勁の軌跡はそのまま、大気中に存在するアイテールを駆逐しながら、それそのものが実体を伴ってそこに残留する。
師匠が見れば、未熟と笑うだろう。
それだからおまえは一騎当千が出来ないのだと言われる。
わたしが虚空刃を使える回数は無理に無理を重ねて日に三度。
連続の使用はできることならば避けたい。
しかし、師匠は日に何度でも使っていた。
コツはただ一撃を放つほんの一瞬にのみ虚空を生じさせることと言っていた。
それほどまでに精妙正確な練気などあと数十年修行に明け暮れなければわたしはできそうにない。
故にわたしの虚空は必殺でなければならない。
「はは、これが虚空刃か! うんうん、すごいなァ! じゃあ、これならどうだ!」
そのはずが――虚空刃は震天不動の身体に触れる寸前に停まる。
刃は宙に留め置かれる。
その理由はすぐにわかった。
震天不動の肉体に備わったアイテール炉心は都市級。
普通ならば都市を支えるに必要十分以上のアイテールを生み出すことのできる代物だったのだ。
だからこそ、ちょっと出力をあげるだけで肉体を包むアイテールの濃度が上昇する。
それはもはや本格的に城壁と遜色なく、こんなものは惑星間戦争において星を守るために使用されるレベルのそれだ。
いくら虚空刃がアイテールを消滅させるとはいっても物の限度がある。
物量で来られたらそれはもう止められてしまうに決まっていた。
「やっぱりね、虚空気がアイテールを消滅させるより量よりも多くアイテールを送り込めな止めることはできるんだ」
これに対抗するには練気をもっと行い、虚空気をさらに発生させることだが、街ひとつ分とわたし一人。
あまりにも分が悪すぎる。
「ならば――接続:虚空刃衝天流絶剣ノ一『極天無縫突き』」
「は……?」
放つのは刹那よりも短く六徳を超えて、虚空へ至った剣刺。
オリクトの視覚素子の性能がヒルードーほどもあったならば、十を超える剣芒がまったく同時に迸ったように見えただろう。
これこそが衝天流剣術の絶技のひとつ。
ただ天を衝くために開かれた剣術の奥義。
神速の刺突は、寸分たがわずにただ一点のみを穿っている。
アイテールの防壁すら無に帰して、まっすぐにオリクトの心臓であるアイテール炉心を貫いていた。
相手の防御があとからあとから増産される盾のようなものであるならば、現れるよりも素早く突きを連続で放ち、処理限界を超えさせる。
馬鹿正直な力技での防壁突破だ。
ぶっちゃけ、わたしとしては虚空刃と衝天流剣術、それも絶技の接続などやりたくもない。
相性が悪いということはないのだが、どちらも超常の内功を要求される。
すこしでも精緻を欠けば、容易く内傷に至り、気脈も乱れる。
「ごふ……」
おかげで血を吐くことになる。
少々致命的とも言える内傷であるが、今さらこの身を惜しむつもりはない。
だが、まだ残りがいる以上、死地において、死闘において、必要に駆られない限り、これは甚だ遠慮したい。
「やったぁ!」
一部始終を見ていたフォスが歓喜の声をあげるのを聞いて勝ったのだと理解する。
「……?」
しかし、なぜだか違和感がぬぐえない。
本当にこの程度で、震天不動が終わるのか?
現に彼のサイボーグ躯体の炉心はわたしの突きで大穴が穿たれている。
アイテール殺しの虚空をそこから流し込まれて――。
気がつく。
虚空の死に方をしていない。
虚空を流し込まれた者の死は、苦悶と絶望と相場が決まっている。
それが震天不動は、その名の通り不動の姿勢。
表情すら変わっていない。
それはサイボーグ躯体そのものが表出しているからとかそういうことではない。
文字通り、彼は首を掻きむしる動きも、何もしてないのだ。
まだこいつは、震天不動は生きている。
ぎょろりとサイボーグの人工眼球がわたしを見た。
嗤った。
その瞬間、轟音とともに構造体群が爆煙をあげ、そして――天が震えた。
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